俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

チンパンジーは椅子を片付けない。

 わたしは寝るのが嫌いだです。だです。だです? ダデス?


 ダデス、モロッコにあるってよ。なんかラクダにも乗れるっぽい。わたしは乗らないけど。ラクダのコブの中が水ではなく脂肪のカタマリだということを知って以来、わたしはラクダ達を許していない。


 「ラクダのコブの中って水が入ってんだよ」


 幼き時分、だれかれ構わずに吹聴して回ったわたしの罪は未だ消えない。

 

 寝るのはイヤだ。だって寝ていると何もできないじゃんか。ゲームもできないし、ドラマや映画やアニメも観られない。マンガも小説も雑誌もブログも読めないんだよ。ブログだって書く時間がない。あと助平な事もできないじゃんね。


 ドラマなんて録画したはいいけど全然観られないもんだから、大量に溜まってハードディスクレコーダーを圧迫しまくってんだ(←ミスチル風味)。


 新しく始まるドラマで録画したいのがあったから、昨日久しぶりにハードディスクレコーダーを確認したんだけど、残量が2時間しかなかった。ラブホの休憩かよ。


 取り敢えず最初の1話だけ観て、面白くなかったら消してしまおうと『崖っぷちホテル』ってのを観たらそれなりに面白くて消せなかった。


 それにしてもガンちゃんはかっこいいしかわいい。今風に言うならチートレベルでルックス良すぎる。毎朝鏡の前でコナミコマンドでも入力してんのかな。事務所からコントローラー支給されて上上下下やってるだろ絶対。

 ああいう人を見ると、あぁ神様はいないんだって思う。東京ラブストーリー織田裕二さんが近くにいなくて運が良かったな。いたら間違いなく「ずぅっちーぃなはー」って言う。

 

 わたしはもっと遊びたいのに、時間が足りなさすぎるんだ。1日が24時間じゃなくてもっともっと長かったらどんなにいいか。


 特に今は奥さんに買ってもらった『アサシンクリードオリジンズ』というPS4のゲームにハマっている最中。寝落ちるわけにはいかない。仕方がないので夜ふかしをする。月曜から夜ふかし


 娘たちが寝てから本格的にプレイしだすと、あっという間に日が変わってしまう。

 そこからお布団に入ってスマホでもいじれば余裕で草木も眠る丑三つ時を突破。こうなるともう怖くて一人ではトイレに行けないから、いつおねしょしてしまうか気が気じゃない。こんな毎日。


 でも、若い時だったら連日連夜の夜ふかしでも全く大丈夫だったけど、最近は週のどこかで一日くらいは早く寝ないと、疲れて会社で異様に眠くなっちゃう。


 以前、会社でエクセルを使った資料を作っていたけど、あるセルに入力した文字がどうしても大きくできず。大きくしてもすぐに元の大きさに戻ってしまう。ヤダこんなの初めて。
 何度やっても状況が改善されないので、もうGoogle先輩を頼ることにした。

 

 真っ先に出てきた検索結果は、ある女性の書き込み。「フードコートとかで食べ終わったあとに椅子を片付けない人が多くてイヤになります」みたいな記事だった。


 おぉ。おぉ。わたしも常々そう思ってたんだよ。帰るなら椅子戻してから帰れや。ついでにテーブルも拭いてから帰れや。あと空いてる席を探してる人がいたら「ここ空いてますよ」ってアピールしてやれや。


 ・・・オイ待てこの野郎。エクセルの問題はどうなった? 椅子に関しては全くの同意見だが、フォントが変えられないという目下の課題については教えてくれないのか?


 改めてPC画面をよく見たら

 『EXCEL フォント 大きくできない 』

 

 って検索窓に入力したつもりが、

 『チンパンジー イス片付けない 絶対』

と入力していた。

 

 オカルティー。午後3時。睡魔という悪魔がわたしの思考を乗っ取った瞬間。魔族怖ぇ。無泰斗様を呼んでこよう。

 

 エクセルの問題は、条件付き書式設定かなんかがしてあっただけで、すぐに解決した。

 しかしこの広い世界で、チンパンジーが椅子を片付けるかどうかについて言及している人がいないことに、まだまだ世界には未知の要素で溢れているなと畏怖の念を抱いた。


なのでおそらく世界で初めてだと思うが、わたしが言及する。

 

 チンパンジーは椅子を片付けない。多分。


 みんな早く寝た方がいいっすよ。

夏の到来をどうやって知りますか?

 昨日、歩道の植え込みでセミの抜け殻を見つけたよ。今年初めての抜け殻。

 そろそろ本格的な夏がやってくるのかな、なんてワクワクしていたら、今日の朝、セミの鳴き声が聞こえてきた。なーんだ、夏はすぐそこにいたんだね。

 こんにちは、夏さん。今年もよろしく。


 キムェー。

 気色の悪い書き出しになってしまったりもしたけれど、わたしは元気です。


 でも書いてあることは本当です。昨日、今年初めてセミの抜け殻を見つけたと思ったら、今日の朝にセミの声を耳にしました。夏ですねぇ。


 夏という季節は、セミの声で始まりを知り、セミの声で終わりを知りますね。そしてわたしは毎年、夜にトイレの窓から聴こえてくる虫の音で秋の訪れを知るのです。風流。

 

 セミといえば、以前に知人の女性がこんなことを言っていました。


セミって1週間しか生きられないから可哀想だよねぇ」

 こーの野郎ババァ。勘違いするんじゃない。セミは昆虫界でも屈指の長命だぞ。セミの儚さに心を痛めているようだけど、アイツらは土の中で数年を過ごすんだから決して短命じゃない。単に地上に出てきた後の成虫の期間がすこーし短めなだけだぞ。


 分かったらこれ以上の憐れみは無意味だ。今すぐやめた方が方がいい。今すぐにだ。よーしオーケーいい子だ。


 なに? 暗い土の中に数年もガマンして? やっと外の世界に出られたと思ったら数週間で死んでしまうのはかわいそう?

 こーの野郎ババァまだ言うか?

 なぜかわいそうと言い切れるのよ。もしかしたら地上に出ている数週間こそが、セミにとって最も過酷で苦痛な期間かもしれないでしょう? そりゃ死んじゃうのはイヤだろうけどさ。


 だってね。今までの数年間は土の中でヌクヌクと過ごしていたんだよ。それなのに人生の最後の数週間を、子孫を残すためだけに敵の多い外の世界で婚活しなきゃならないんだから。アフリカのサバンナでライオンの群れに囲まれながらの婚活パーティーなんて誰が行くよ。わざわざ外に出ずとも土の中でやりゃいいんだよ。


 それはそれとして疑問があるんですけど。セミはどうやって卵を産むんですかね?
 いや、そりゃしかるべき穴から卵を出すんだろうけどもさ。ピッコロ大魔王みたいにクチからゲロるとか、産道に手を突っ込んで卵をブン投げるような女傑でもないだろうから。


 そういうことじゃなくて、どうやって卵を地中に埋めるかってこと。これ謎。

 たしかセミの幼虫は土の中で暮らすわけだから、普通に考えれば卵も土の中に埋める必要があるはず。しかしあいつらのか細い手足で地面に穴が掘れるとは到底思えない。


 あらかじめ地面にあいている穴を利用するという可能性も考えたけど、そんなに都合良く穴は開いていないでしょう。

 しからばアレか? 土の上に卵を産み落とすだけとか。で、孵化した幼虫の両手にはカマが付いていて、両手で穴を掘り進めて地中に潜る。
 いや、リスクが高すぎるな。ちょっとした風雨に晒されればおしまいだし、アリとかに巣に運ばれちゃったなら保存食にされちゃう。わたしたちだって知らずに踏んじゃったりするだろう。


 それに生まれたばかりの幼虫が己のカマで地面を掘り進めるなんて、ちょっと強靭すぎる。そんな芸当ができるのなら、自慢のカマでカブトムシの甲殻もシャッって出来るでしょうよ。なにも土の中でケソケソ生きなくても昆虫界の覇者になれるし、地上でたくましく生きていける。わたしが保証する。

 じゃあ発想を変えて、いっその事もう掘らない。盛っちゃう。切土じゃなくて盛土。地面に卵を産んで、その上から土を掛けてあげるの。
 その土はどこから調達するのか? そんなの決まってるよ。周りの地面を掘ってだよ。掘れてるね穴掘れてるよそれ。卵産めるよねその穴に。

 いちばん現実的なのは、母ゼミのケツのあたりから長っちょろい針状の産卵管が出てきて、それを地面にブッ刺しての産卵が妥当かな。
 でもそれができるってことは、よっぽど強靭な針じゃないとダメよ。スズメバチの針は産卵管が変化したものと聞いたことがあるけど、それくらいの強度がなければ、地面に突き立てるのは到底ムリでしょう。

 

 あるかぁ? あいつらの身体そんなもの。だってあいつらのお腹の中って空っぽじゃんね。
 そんな強靭な針があったならね、樹液を吸っている最中のカブトムシでもその針で貫けるじゃんね。でもそんなことしてるセミ見たことないじゃんね。だから違うね。

 わかった。カラスを利用するというのはどうか?
 父ゼミと母ゼミはあえて地表に降り立ち、自分を捕食しようするカラスを華麗なフットワークで翻弄し続ける。気づけば地面にはカラスがクチバシでついばんだ穴がたくさん出来ているという寸法。

 

 問題はその後。「あ、カラスさんもういいよお疲れー」というわけにはいかないだろうから、そこで父ゼミ最後の大舞台よ。

 父ゼミが人生最大の声で鳴いてその場から飛び去る。カラスはそれを追う。その間に母ゼミが穴に卵を産卵する。残された力で上から土をかける。 素晴らしい種族維持本能。

 これがわたしの予想するセミの産卵です。
 真実は知らない。知りたくもない。反論は聞かないし許さない。


 夏ですねぇ。

あとどのくらい「楽しかったね」と言い合えるだろう。

 ゆってぃこないだ、小学校に提出するために次女(9)の運動会の感想を書いていました。


 赤黒の2色ボールペンの黒で書いていたんですけど、半分くらい書いてインクが切れたので、そこからは赤で書いたんです。そしたらそれを見ていた奥さんに「えっ? 自由過ぎない?」と驚かれました。


 別に小学校のプリントをいい加減に考えているつもりはないんですよ。でも正式書類ってわけじゃないし赤でも良いよね。

 それより黒がなくなったからって別の黒いボールペンをわざわざ探して持ってくる方がめんどっこくてヤダ。だって手元に赤で書けるボールペンがあるんだから。


 黒で書かなきゃっていうのは固定観念であって。そういうのに囚われ過ぎたくない気持ちが常にどこかにあります。だから『それホントにダメなのかな?』って疑う習性がわたしにはあるのです。


 子どもに関することとかもそうで、子どもに「やっちゃダメ」って言うことの中に、本当にダメなことはそんなにないんじゃないかな、とか思っています。


 例えば水たまりに飛び込むこと。これの何がダメなのか。飛び込んだら靴と靴下が水で濡れてグチャグチャになっちゃう。それは知ってる。でもそれだけ。大した問題じゃない。


 飛び込んだ時に見知らぬ人に水を掛けてしまったり、これから大切な用事があるというのなら話は別だけど、そうじゃなければ別にいいじゃんと思う。


 だから娘たちが小さい頃から、水たまりに入ることを止めたことはほとんどありません。ただし「水たまりに入ったら靴が乾くまでは他のお店には入れないよ」とは言いますね。お店や他のお客さんに迷惑ですから。そこは娘たちに選択を委ねます。


 そして水たまりに飛び込むとなったら、わたしも一緒に飛び込む。そういう時に傍観者でいたくない。娘たちに「楽しかった?」と聞くのではなく「楽しかったねぇ」と言いたい。

 

 夏の暑い日。川とかジャブジャブ池的な水場に行くと、飛び込んで遊びたくなります。でも水着も着替えも用意していない。そういう時はもう服のまま入ります。

 

 とある水遊び場。打ち上げられてしまったクジラのよう。
f:id:wp-dandy:20180702235331j:image

 

 とある渓谷。足元がヌルヌルしているので娘たちの手をとって支えているところ。

 
f:id:wp-dandy:20180702235353j:image

 

 着替えなどないですからね。そのまま車に乗るわけです。車のシートはシミだらけですよ。でも大した問題じゃない。むしろそこがいい。そういう風にして付いたシミや傷はいいんです。それは刻まれた歴史だから。


 娘たちも最初は「入ってもいいのかな」って感じだったけど、今では普通に「服のまま入ってもいい!?」とか聞いてきたりします。いいぞいいぞ。いい感じに育っている。

 

 ただ、こないだのピアノ発表会の時。出番までの数十分の待ち時間に「公園で遊んでいい!?」と聞かれた時はひるみました。いや君らいま着てるのドレスだぜ? あと少しで舞台に立つんだぜ? さすがにマズかないかい? そう言いました。


 でもこういう時の娘たちは、なかなか諦めない。なぜならこういう時、わたしなら「いいよ」と言ってくれると信じているからだと思う。それが何だか嬉しくもある。


 まぁいいや。汚れても破れても、それはそれで思い出にはなるでしょ。


f:id:wp-dandy:20180702235517j:image
f:id:wp-dandy:20180702235622j:image

f:id:wp-dandy:20180702235535j:image

 

 うまくは言葉にできないんだけど、こういう感覚は大切なんじゃないかと何となく思っていて。

 それが娘たちにどう影響しているか分からないけど、悪い影響は与えていない気がする。

 この先、どんどん成長する娘たちだから、「楽しかった?」と聞く機会は増えるだろうけど「楽しかったね」と言い合える機会は減っていくんです。

 

 だからこういう思い出をたくさん作って、結婚式で読む手紙に書いてもらう。そしたらわたしは泣くから。必ず泣くから。

 

 あと、わたしのそういう振る舞いを受け入れてくれる奥さんの存在が大きい。

 普通なら発表会の数十分前に公園で遊ばせていたらリモコンの角でガンガン殴られてもおかしくないじゃないですか。でも全然怒らない。むしろ笑って「出番まで○○分だからね」と言ってくれる。心の広い女性なんです。

 

 あ、マジメですよ今回は。書きませんよ変なコト。


 わたしだって四六時中シモばっかりじゃないですからね。いいトシなんだから、そんないつもいつもウンコだのゲロだの書いてられませんよ。

日常のワナはどこに潜んでいるか分からない。

 最近、朝の通勤時によく見かける親子・・・に見えるおっさんと少年がいる。分かんないから親子とす。

 

 お父さんが運転する自転車の荷台に、ボウズ頭の中学生男子が立って乗っている。


 自転車の二人乗りは原則違反のはずだから、そこな親子も事故を起こす前に即刻やめた方がいい。


 とは思うけど、正直に心情を吐露しよう。

 あなた達二人を見ていると、なぜだか胸の奥が締め付けられるような気持ちになる。不快ではないけど心地良いわけでもない。なんとも言えない、どうにも切ない思いが溢れてくる。


 もしかしてこれはノスタルジーというやつかな。どうやらあの親子を見ることで何らかの記憶が呼び起こされ、わたしは郷愁にかられているらしい。それが何なのかは心当たりがないけれど。

 

 そんなノスタル親子が、昨日をもって自転車からバイクに華麗なグレードアップを遂げたらしい。

 漆黒のフルフェイスで漆黒のビッグスクーターを運転する父親の後ろに、グレーのハーフヘルメットを被った少年。二人を乗せたバイクは、わたしの目の前を悠然と走り去っていった。


 おいおいオヤジぃ。自分だけフルフェイスで息子は半ヘルかよ。危ねえっつーの息子にも買ってやれよフルフェイス。

 それはそれとして、ナニよいつもの自転車どうしたのよ。ずいぶん羽振りがいいけど宝くじにでも当たったのかな。


 宝くじといえば、わたし宝くじ買ったことないんだけど、こないだ人生で初めて宝くじ売り場でスクラッチ買った。ドラゴンボールのやつ。チチの絵の。200円のやつ。1等100万円。


f:id:wp-dandy:20180628082407j:image


 当たらなかったけど。まぁいいんだ。チチをこすって財を成したなんて、きっと末代までの恥になる。←申し訳ない。これが書きたくて無理矢理に宝くじというワードを使ったんだ。

 

 とにかく。自転車の二人乗りはルール違反だし危険だから、やめたことは喜ばしい限りだ。でもわたしのノスタルジーはバイクでは得られなかった。バイクは違う。コレジャナイ感スッゴ。


 コレジャナイ感といえば、加熱式タバコといわれるiQOSやプルームテックのコレジャナイ感がスゴい。

 わたしの周囲の喫煙者の中には、通常のタバコとiQOSやプルームテックを併用している人も多いが、見ているとどうにもコレジャナイ。

 わたしの中ではタバコを吸っている時のの仕草なども込みで喫煙だ。今まで観てきた映画やドラマの喫煙シーンが全てiQOSに変わったらちょっとかっこ悪いじゃんか。

 

 タバコといえば、これはわたしが28歳の時の話だ。

 

 出張で四国まで来ていたわたしは、お客様との打ち合わせを終えて、新幹線で岡山に向かっていた。


 車中、わたしは多少イラついていた。新幹線の喫煙席が空いていなかったからだ。愛煙家だったわたしにとって、これは耐え難い状況だった。


 岡山駅のホームに降り立ったわたしは、真っ先に喫煙所に向かった。喫煙所には数人のスモーカーがいたが、運良く灰皿に近いイスが空いていたので、わたしはそこに腰を降ろした。


 タバコを取り出すべくおもむろに胸のポケットへ手を伸ばしたその時。視界の端に一人の女性の姿が目に入った。わたしが座っていた椅子から一つ空けた右隣。かなりの美女が気だるそうに紫煙をくゆらせていた。


 かなりの美女と言ってもイメージがしづらいと思うので、当時の基準で表現するなら『知念里奈の杏里和え』といった感じだ。以後、この女性のことを『知念杏里』とする。


 何たる幸運。ひと仕事を終え、憂いを含んだビジネスマンを演じるには絶好のチャンスではないか。出会いというものはどこに転がっているか分からないものだ。これを期に、あわよくばわたしに惚れさせてしまおう。


 そう考えたわたしは、相手に不足なしとばかりにスーツの胸ポケットからラッキーストライクを取り出し、自慢のジッポーでゆっくりと火をつけた。

 美しい。わたしは自分の流れるような一連の動作に酔っていた。イケている。わたしは今、間違いなくイケている男性だ。


 胸中で密かにほくそえみ、杉良太郎も裸足で逃げ出すほどの流し目で知念杏里に目をやった。ところがどうした事だ。知念杏里はこちらを全く見ちゃいねぇ。


 わたしは目の前で起きている事実を受け入れる事が出来なかった。何故なら少なくとも今、この喫煙所という限られたエリアにおいて一番イケてるのはこのわたしのはずだからだ。


 わたしはその後も知念杏里を意識した。時には立ち上がって遠くを見つめて物憂げな表情を醸し、時に天を仰いでこれからの国の行く末を案じる素振りなどを見せた。


 己の持てるありとあらゆる技を使って知念杏里の気を引こうとしたが、彼女はついにわたしを見てくれる事はなかった。


 わたしは諦めた。相手が悪かったようだ。知念杏里・・・どうやらわたしの手に負える相手ではなかった。

 

 力なくイスにもたれ掛かり、しばらく物思いに耽っていると、不意に屁がしたくなった。


 しかしクールはわたしはそんな時でもやはりクールだ。取り乱す事はなかった。この屁はスカせる。しかも臭くはない。そう判断した。わたしとてダテに28年間、この体と付き合ってきた訳ではない。わたしは即座にこの屁の性質を見極めていた。おまけに知念杏里はわたしに関心がないと来ているし、さらに一つ空けた隣に座っているという好条件だ、何も迷う事はない。行くぞ!


 わたしは誰にも悟られぬよう、かすかに尻を持ち上げ、慎重に、かつ大胆に(←なぜ?)放屁した。


「ブッ!!」


 刹那、知念杏里は亜光速のスピードでわたしの方に振り向いた。対照的にわたしの時間は止まった。


 違う、わたしじゃない!! いやわたしなんだけれども!!


 わたしはアセッた。常識では考えられない事が起こってしまったのだ。

 何故だ? わたしの屁の見積もりに誤算があったとでも言うのか? それとも疲労困憊していたわたしの括約筋は、もはや自分の屁を御する能力をもなくしていたのか・・・。


 いずれにしてもアレコレ考えている場合ではない。現実を見るんだ。今はこの状況を打破する事が最優先事項。わたしの肛門から乾いた屁が切ない音色で奏でられてしまった事は紛れもない事実なのだ。


 隣で疑わしそうに見ている知念杏里の目から逃れるべく、わたしは体のあらゆる箇所を動かして、必死に似たような音を探した。腰を上げて座りなおし、靴をすべらせてみる、手をこすり合わせる。


 ダメだ希望の音色が出ない!!

 畜生、知念杏里。こっちを見るんじゃない。振り向いて欲しい時には全然振り向いてくれなかったくせにぃ!!


 全ての努力は徒労に終わった。しまいには苦し紛れにクチで「ブッ!」とか言っちゃってんの。それはムリがあるだろわたし。


 わたしは腕時計を大げさにかざし、さもも『もう時間がないからわたしは行かなくてはならない』感を醸し、その場を離れた。


 ワナはどこに潜んでいるか分からないというのが今回の教訓だ。 


 ちなみに冒頭で書いたバイクの親子は人違いだった。今日の朝、無事に生息を確認した。二人乗り親子は健在だ。

 

でも危ないので二人乗りはやめなさい。即刻。

こんな日々がいつまでもきっと続いてくことを祈っているよ。

 中学生になった長女(12)は、部活がある日は帰りが遅い。わたしが家に着く数分前にやっと帰ってきたということもザラなのだとか。


 話は変わるけど、ザラといえばスペインのファッションブランド『ZARA』をおいて他にあるまいね。スペイン語では濁らずにサラとかサダとかと発音するらしいけど、サラはともかくサダはどうかな。そして俺はいいけどOREがなんて言うかな。


 ZARAに入店することはあるものの、実際に買うことはまずない。「アレもしかして俺の脚ってジーンズ?」と錯覚するくらいに未来永劫ジーンズしか履かないことをプロミスされたわたしがファッションについてとやかく言うのは気が引けるが、ZARAはわたしの好みではないみたいだ。


 話は変わるけど、わたしは若かりし頃にジーンズはいっさい履かなかった。理由は動きにくいからだ。

 わたしが身をおいてきたストリートファイトの世界では、いざ戦うとなった時にジーンズではハイキックも満足に出せやしない。というかストリートファイトでハイキックなど、よほどの実力差があるか運命の女神のアゴが外れるくらいに全力で笑わなければめったに繰り出せない。さらなる豆知識としては、わたしがストリートファイトの世界に身をおいた事実はいっさいない。

 

 ではそんなわたしが何を履いていたかというと、何とスリータックのスラックスだ。しかも黒とか紫。さらにしかもモモのところが広がってて裾が異様に細くなってるやつ。靴下を履く前にそのズボンを履いてしまうと二度とは靴下が履けず絶望するオプション付き。早い話がほぼボンタン。


 当時のわたしはそれが最高にイカしていると信じて疑わなかったので、当時彼女だった奥さんとのデートにはその出で立ちで現れた。


 奥さんが当時のわたしを振り返ることには「なんて不思議なファッションをする人だろう」「あのズボンはいったいどこに行ったら買えるんだろう」らしい。

 そんな奇特なファッションを繰り出すわたしなのに今こうして結婚してくれているということは、わたしにはよほどの人間的魅力が備わっていたのだろうな。フフ。フフフ。

 

 話をZARAに戻そう。


 ZARAで唯一持っているのは数年前にお義母さんに買ってもらった赤いチェックのYシャツ。それは今でも大切に着ているけど、そろそろくたびれて色がかすんできており、わたしのそのシャツを見た人が「あれやっべおかしいな最近働き過ぎなのかな」と目頭を押さえながら上司に有休を申請して静養してしまうくらいだ。真っ赤なウソだ。赤いシャツだけに。フフ。フフフ。

 

 真っ赤といえば、わたしは赤が大好きだ。カズレーザー先輩のように筋金は入っていないが、何かを選ぶ際、カラーバリエーションに赤があれば迷いなく赤を選ぶ。

 でも残念ながらカラバリの中に赤があることは少なかったりする。シャツにしてもスマホにしても車にしてもそう。なぜか。

 昔はテレビやラジカセでも赤い製品が普通にあったことは、懸命なるジジババの皆様方に置かれましてはご存知のはず。シラを切っても無駄ぞ。

 

 再び話をZARAに戻そう。

 そしてもう一つZARAといえば忘れてはいけないことがある。以前にZARA HOMEでケーキスタンドを買おうとしたら異様に高額で心がザラザラしたので「たっけ! たっけ!」って大声で連呼しながら舌打ちを12回くらいして立ち去ってやった思ひでを皆様にもお知らせしておく。

 

 違う。話を戻すべきはZARAじゃなかった。長女の話だった。


 先日、めずらしくわたしが帰ってきた時点で長女はまだ帰っていなかった。

 そろそろ暗くもなるし、心配だったので通学路を逆に辿って長女を迎えに行った。


 ほどなくして遠くの方に重そうなリュックを背負った長女を見つけた。

 「迎えに来てくれたの?」そう言って笑う長女。まだこんな反応をしてくれるんだと、思わず嬉しくなる。


 尋常な重さではない通学用リュックを背負わされた長女はかなり疲れたようで、一緒に迎えに来ていた次女(9)が「走ろうよ!!」と元気一杯に提案しても「ヤダ疲れた」と一蹴。それはそうだろうなと思い、リュックを代わりに担いで彼女と他愛もない話をした。


 中学校からの帰り道の途中に、変わったジュースを売っている自販機があるらしい。

 「買いに行く?」と言うと「行くっ!!」と長女。疲れているんじゃなかったのか?


 通学路を学校側に戻り、しばらく歩いて自販機を見つけた。確かに飲んだことはないジュースだった。わたしと娘たちでそれぞれ買って、飲みながら家に向かって歩き出した。


 途中、長女が「あーぁ。自立したくないなぁ」と言い出した。なぜかと聞くと「自立したら家を出ていかなきゃならないでしょ? そしたらお父さんとこうやって自販機デートが出来なくなっちゃう」


 長女も中学生。いつ父のことを避けるようになってもおかしくはない。長女とこんな時間が持てるのも、きっとあと少しなのかもしれないな。


「そのうち自分から家を出たいって言うようになるよ」


 口ではそう言ったけど、でもこの父も、出来ればもう少しだけこんな時間が続いてくれることを祈っているよ。


 話は変わるけど、ジュースはおいしくなかった。

ランウェイごっこ。

 J-POPというのは、どうしてああもすぐに狂おしくなるのか。狂おしく求め合ったり抱きしめたり、挙げ句は狂おしいほどにお前を愛してしまったり。

 まぁ勝手にしてくれて構わないよ。わたしはわたしで、今から狂おしいほどに地味な話を綴るのだからね。

 

 『ランウェイごっこ』っていうのがあって。あってっていうか、わたしが勝手にそう命名したんだけど。


 わたしが毎朝乗る電車の車両は、先頭から数えて3両目と決まっている。理由は空いているから。空いているといっても座れるほどではないけど、混雑率の低い車両の方が開放感があって好きだから。


 ただしその弊害として、改札への階段からは遠のく。だから目的の駅に着いてから階段まで15秒ほど歩くことになる。

 でもその15秒を惜しむほど余裕のない時間設定はしていないし、わたしはそこまでせっかちではないので問題とはならない。


 そう、わたしはせっかちではない。だのに奥さんはわたしのことをせっかちだと思っているフシがある。


 例えば週末。朝の10時に家を出る場合、わたしの基準では10時になった時点で靴を履いて家の外に出ていなければならない。それができないと苦言を呈すことがある。これはせっかちか。

 例えば車に乗っていて目的地に着いた時、わたしが車外に出た後も、なお降りるのにモタモタしていると苦言を呈すことがある。これもせっかちか。


 否。だってわたしはあらかじめ10時に家を出ると宣言しているんだよ? それが達成できる時間的余裕もあるのに、特別な理由もなく遅れるのは単に計画性の欠如じゃんかよ。


 間もなく車が目的地に到着しそうであることを伝えているにもかかわらず、車が停止していざ降りる段になってからモタモタと降りる準備を始めるのも同じ。降りる少し前に準備できなかったのかい。


 以上の事からも分かるように、わたしは時間が遅れることではなく、その計画性のなさに苦言を呈している。

 己の無計画を棚に上げてわたしをせっかち呼ばわりするとは不届き千万。市中引き回しのうえ磔獄門の刑に処すぞ。ねぇ金さん。


 とはいえ、わたしとて人並みに空気というものを読める。書きながらも、わたしのこの主張は大多数の方の同意を得られないであろう事は感じて取れる。だがそれがどうした文句があるか(浪速恋しぐれより)。それでも地球は回っているんだ。

 

 話を戻すと、全然せっかちではないわたしが、電車を降りて改札に向かう階段までの15秒を何とか短縮できないか考えたという話。


 可能だ。目的の駅に到着する少し前に、電車内を階段側に向かって歩けばいい。そうすれば電車が停まった時には、改札への階段がわたしの目の前にあるという寸法。素晴らしい。


 さっそく実践しはじめた。

 わたしが降りる駅の数駅手前から電車内はさらに空きだす。だから大体において車内の真ん中を人の邪魔にならずに悠々と歩くことができる。

 これが思いのほか気持ちが良い。

 左右には観客ならぬ乗客。目の前には真っ直ぐ伸びる道。わたしはその瞬間、確実にパリコレでランウェイを歩くスーパーモデルになっている。


 まぁ、だぁれも見ちゃいないんだけどねわたしのことなんぞ。それに気がついてからは何だかアホらしくなった。

 それに動いている電車内を歩くのは多少の危険も伴う。誰かに迷惑をかけてしまう前にやめた。

 

あぁ。狂おしいほどに地味な話。

震えながらうどんをすする44歳のわたしはカウボーイの家族ではない。

 朝の通勤途中で朝食及び昼食の調達並びに時おりもよおす大便の排泄にお世話になっていたコンビニが、今年のはじめに移転してしまった。


 それからしばらくはテナント募集中だったのだが、このほどいきなり、本当にいきなり「いきなりステーキ」が出来た。いきなりステーキのいきなりがそういういきなりとはつゆほども知らなかったわたしは、そのいきなり具合にまんまといきなった。


 いきなりステーキは、わたしにとっては全く必要としない店だ。いきステには何の文句もない。ただ単に立ち寄れるタイミングが無いという意味で必要としない。


 なぜなら朝の出勤時にはオープン前だし、お昼休みに食べに来るには少し遠い。退勤後はおいしいご飯を作って待っていてくれる奥さんの元に一直線なわたしだぜ? 立ち寄れるタイミングなんざありゃしねぇ。というかそもそもわたしはお肉が苦手だ。

 

 ところで話は変わるがわたしはここ最近、奥さんが作ってくれる料理に「おいしい」と言わない事が多いようだ。こないだ奥さんに「そう言えば今日の麻婆豆腐おいしかった?」と感想を聞かれてハッとした。


 わたしは奥さんの作ってくれた料理が口に合わない時はハッキリとそう言う。そうとまで言う。そうしないと口に合わない料理が我が物顔で再び三度(みたび)とダイニングテーブルを占拠してしまうからだ。三度と言えば三上博史さんが本城裕二名義で歌う『夢 with You』は久保田利伸バージョンの方がよりムーディー 。


 話を戻そう。

 作ってくれた料理の味を否定するのは、普段からごはんを作ってくれることに対する心からの感謝、労いという下地があっての事だ。おいしい時においしいと言わないのなら、まずい時にまずいと言ってはいけない


 だから先日の夕食時、家族の前で『おかあさんの料理を褒めようキャンペーン』の開催を提案したところ、娘たちは快諾。長女(12)は生野菜を、次女(9)は冷凍食品の餃子を褒め称えた。最終的には野菜の切り方、餃子の焼き具合を褒めるに至って事なきを得た。

 

 さて。だいぶズレてしまったので話を戻そう。今回は話の冒頭にも出てきたいきなりステーキについて書こうとは思わない絶対に。

 今回書かせていただくのは『カウボーイ家族』についてだ。


 なぜいきなりカウボーイ家族かというと、それは筆が乗らないからだ。書きたいことは他にたくさんあって追いつかないくらいなのに、ここ最近はまったく筆が乗らない。わたしの文章力が不足しているのと気分的なものだろう。

 物書きのプロでもないくせに何を偉そうに筆が乗らないか。自分でもそう思うが、だってド素人でも乗らないものは乗らないのだから仕方ないじゃん。


 こういう時はわたしの場合、どこぞに行ったという話を常体で書くのがやりやすい。事実をそのままつらつらと書けるからだ。だからカウボーイ家族だ。


 少なからず皆さんの貴重な時間をいただいているわけだから、うまく書けないからと言って適当な駄文を載せるなという話だが、あまりに記事を更新しないと皆様に忘れ去られそうで怖い。ねぇ怖いの(←黄金期の浅野温子風味)。

 

 オーケーGoogle。そろそろ本題に入って。

 

 分かった。カウボーイ家族だ。

 話は変わるがカウボーイ家族はネーミングセンスが秀逸だ。ダサいのに良い。ダサ良い。

 ひねりがあるのかないのかよく分からない。ネス湖で目撃されたネッシーネス湖恐竜、宇宙人のラージノーズグレイを鼻デカ灰色男とかにしちゃう感じのセンス。キン肉マンに登場するベンキマンくらいに安直。


 話を戻す。

 カウボーイ家族は、ステーキ&ハンバーグを食べさせてくれるお店だ。少し前に初めて家族で行った。


 ところで話は変わるが、わたしには夢がある。両手で抱えきれるし、ドキドキするような夢ではないが。


「うまい○○を食わせる店があるんだ」


 このセリフをいつか誰かに言ってみたい。かっこよすぎる。大人の男性という感じがする。

 わたしならどうするか。うまいイタリアンならサイゼリヤアメリカンならマクドナルド。チャイニズンならバーミヤン。イギリスンなら何も知らない。わたしはダメな大人だな。

 

 カウボーイ家族に話を戻す。


■店内の雰囲気

 店内はいかにもアメリカのステーキハウスといった雰囲気だ。


f:id:wp-dandy:20180618125239j:image


 なお、わたしはアメリカのステーキハウスを知らない。実際にアメリカのステーキハウスを模したのか、日本人の想像するアメリカのステーキハウスを表現したのかを知るすべはないが、わたしはちょっとワクワクした。


■接客

 店員の皆さんは終始笑顔でとても好感が持てた。
 わたしが行った時は全員赤いテンガロンハットを被った女性の店員さんしかいなかった。男性のホールスタッフはいないのか。謎だ。

 


f:id:wp-dandy:20180618131225j:image

 


■システム
 タブレットを渡されて注文するシステムなので、特に店員さんを呼ぶ必要はない。便利な世の中になった。

 


f:id:wp-dandy:20180618125321j:image

 


 タブレットの使い方は具体的に教えてもらえなかったので、注文したい商品の確定方法が分からずしばらく難儀した。ハンバーグを食べたかったわたしは高橋名人ばりにハンバーグの写真をコココココッと連打していたが、指が痛くなるばかりで一向に注文が確定された気配がない。タブレットを叩き割りたくなった。

 結論としては商品名のところを押せば良かったようだ。できれば説明してほしかった。

 

■ステーキ、ハンバーグ
 アンガスビーフというお肉を使っている模様。わたしはお肉が苦手なのでステーキは分からないが、奥さんや娘たちは美味しいと言っていたのでおいしい。


 奥さんはみすじステーキという希少部位の柔らかいお肉を注文したが、あまり普通のアンガスビーフと変わらないらしい。

 それと、他のお客さんがレアをお願いしていたので、焼き具合も融通が効くっぽい。

 あ、ハンバーグもおいしかった。


f:id:wp-dandy:20180618125622j:image


■サラダバー
 カレーやパスタ、フルーツなどがあるのは良いが、肝心のサラダがイマイチだった。マカロニとかポテトサラダ、キュウリ、ワカメとかはあったと思うが、あまり野菜という野菜がなかった。しかしソフトクリームがあるのは強みだ。

 そしてちなみにこれが、かの有名なわたしの必殺技『ゴミ盛り』だ。

 


f:id:wp-dandy:20180618125503j:image

 

わたしはビュッフェなどの料理を盛るのが非常に苦手だ。この技はオーストラリアで会得した。

 

■その他
 ふと気になったのでサラダバーの時間制限を聞いてみたが、原則として制限時間はないものの、混んでいれば2時間までのご利用とさせていただく旨の回答を得た。

 また、ネットで順番待ちの予約ができる。サラダバーがあるので席の入れ替わりには時間が掛かりそうなので、できるなら活用した方が良さそうなシステムだ。


 それと、店内に流れるカントリーみたいな音楽の音量が大きい。ご家族連れが多いのも相まって非常に騒がしいので、大きい声で喋らないと会話に支障をきたす。これを楽しいと感じるかうるせぇと感じるかはあなた次第だ。

 

 さらに様々な家族のお子さんが店内をロケットのように走り回っているので注意されたい。


 ところで話は変わるが、子どもという生き物はどうしてああもムダに走るのか。次女(9)など我が家の狭いリビングですらトムソンガゼルのようにピョンピョン飛び跳ねて走る。きっと大人には狭い場所でも、子どもの目線では走り回れるくらいに広い場所に感じるのだろうなぁ。


 そう言えばつい先日。遅めの時間に人もまばらなショッピングモールのフードコートでうどんを食っているわたしの周りで凄まじく走り回っている男女の小学生6人くらいに対して


「あのさー飯食ってる横で走り回られるとホコリがたつからさー悪いんだけど遊ぶなら人がいないもうちょっと向こうの方で遊んでくんなーい?」


 と、思わず注意してしまった。別にイラついていたわけではなかったのだが、わたしの言い方と見てくれが怖かったのか、


「ハイッ! 分かりましたっ! すいませんでしたっ!!」


 何かすっげぇいい返事で返してくれたものだから逆に申し訳なくなった。

 その後はさっきの子どもたちのお父さん達が怖い感じの人で「うちの子どもに何してんだこの野郎」と言ってきたから「自分の子どもに何をするんだと聞く前に自分の子どもが何をしたのかを聞けバカ親が」と華麗に切り返したシーンを妄想しながら震えて急ぎうどんをすすった44歳の6月。