俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

ねえ。前髪って作るんだって知ってた?

信号待ちをしていたわたしの隣に立っていた20代後半くらいの女性が「前髪切るの失敗しちゃってさー」と言った。


わたしが「そうなんだ。でもそれはあなたのあまりの美しさに、美を司る女神アフロディーテが嫉妬して失敗させたに違いないのさ」と、顎クイからのエア壁ドンにコンボを繋げたら「やだー抱いてっ」となって、そのまま最寄りのラブホテルでセックスなどをキメる事が出来たのならば、これはスマホの待受けをSHOCKEYEさんにした効果がようやく顕れたという事でよろしかったですか?


そしてチェックアウトの際は「あ、Suicaって使えます?」と交通系電子マネーで支払いをするのが最もデキる男ということでよろしかったですか?


あとラブホテルって死語だと聞いたのですが本当ですか? ファッションホテルとかカップルズホテルとかハッピーホテルなんて言うらしいんですけど、それマジで言ってんすか三橋さん伊藤さんあと紅高の今井さん。


待て待てお前はコンドームとか生理用品かよ。性を想起させるような物をわざわざ紙袋に包んだ挙げ句に卑猥さが当社比2倍になるという、あの伝説のコンドームセンパイと生理用品センパイっすかチーッス。


そういうごまかしはもうやめるんだ。不毛だとは思わないのか? ラブホテルはラブホテルのままでいいんだ。

ちょっと卑猥だろ? この卑猥さが背徳感を助長させてプレイにも一段と熱が入ってアレなんだぞ。家でするのとは違う刺激が得られるんだよ。外で食べるカップラーメンは妙に美味しいのと一緒。


ハッピーホテルなんていう脳天気な名前にしちゃうのはさ。言ってみりゃホテルの部屋の内装を自分の家の寝室と同じにするってことだよ。せっかくギンギンにキーボした御珍宝も青菜に塩。そんなのイヤだろ? あれ何言ってんのか分かんなくなっちゃった。


つーかいっそのことド直球に『セックスホテル』でいいよ。そしたらきっと『セクホ』とか呼ばれてちょっとトクホみたいでバリ健康志向の意識高過ぎ高杉くんになれますか?

 

などどいう質問をYahoo知恵袋あたりで次々に投稿したらどうなるの思ってんの?

「普通に考えれば分かると思いますが」とか、「過去に同じ質問があります。よく調べてから質問してください」だの、挙げ句の果てに「カテゴリが違います」って言われて傷つき傷つけながら染まる色はそれぞれ違うけど自分だけのstory作りながら生きていくの。

 

だいぶ話が逸れてしまったね。親父にもぶたれたことないのに(←意味不明)。


多くの女の人は前髪を自分で切るんだね。揃える程度だったらわざわざ美容院には行かないんだね。金もったいねーもんね。

そういえば奥さんも自分で切っているみたいだし、長女(13)も奥さんに切ってもらっているや。


でもほんの少しなんだよね切るのは。

長女なんかは前髪が目に掛かりはじめると、どこからともなくシザーババアと呼ばれる妖怪化した奥さんなんだけどソレがやってきて、有無も言わさずオンザ眉毛にして去って行くというオカルティーな目撃情報多数あり。


前髪なんて切ってもハッキリ言って気づかないよ。分かるはずないじゃんそんなミクロな変化なんて。強制的にアハ体験の不意打ちを食らわすとか非道もいいところだろ。


だから定期的に言うようにしているんだけどね。前髪とお味噌汁の味噌と浄水器のフィルターは。

うちはブリタっていう浄水容器を使っているんだけど、数ヶ月おきにフィルターを変える必要があって。

手間自体はわずかなものだろうけど、それでも普段から気を配って適切な段階で奥さんが替えてくれるから感謝している。

ありがとうって言いたいけどいつ替えたのか分からないから。奥さんもいちいち「あたい今日フィルター替えたよーあたいー」なんて報告してこないから。

だから定期的に「あれ? ブリタのフィルター替えた?」って言うのよ。まぁたいていは替えてないんだけどね。


お味噌汁の味噌も同じ。定期的に「お? 味噌変えたね?」って。お? じゃねえって。替えてねえってよ。


前髪もそう。「あれ、前髪切った?」なんて気を利かせて言ってみると、「うん。一週間くらい前だけどね(ニコ)」

うるせえなイヤミかこの野郎。お前の前髪の長短なんざ我が人生に一片の影響もないという事をいい加減に知るところとなれよ。ラオウを見習えラオウを。


じゃぁお前はわたしがゆうべ足の親指の爪をわずかに切ったことに気がついているのか? 知らないだろ。

あるいはわたしが夜な夜な肛門周辺に密生しているケツ毛を鼻毛用のハサミでトリミングしている秘め事にも、ゆめゆめ気が付いてはおるまいよ。

そしてお前は何も知らずにその鼻毛用ハサミを鼻に突っ込んで鼻毛をチョキチョキ切っているんだザマァ。

遅きに失した感はあるけどこの告白はわたしにとって何の利益ももたらさないことが今わかった。

 

さて。

いろいろ紆余曲折あったものの、今回の記事のテーマは『前髪』。

何で前髪かっていうと、わたし衝撃の事実に気がついてしまったんだよね。


わたしには前髪がないのよ。


いや、薄毛とかそんなオチじゃなくてね。

アレでしょ? みんなが失敗する前髪って、ここの部分のことでしょう?



f:id:wp-dandy:20190418184631j:image


無いんだよねソレ。わたしにはそんな部分無いのよ。

今のわたしの髪型はこうなんだけど。

 



f:id:wp-dandy:20190418184712j:image


無いよねやっぱり。

ちなみに後ろはゴムで結んでいる。

だから試しにこうしてみたんだけど。

 

 


f:id:wp-dandy:20190418184758j:image

 


なんか違うんだ。こんなんじゃないんだよ前髪って。

何でわたしには無いのかな前髪? つーか何でみんな当たり前に持ってんのさ前髪。どこかでもらえるの?

 

あのね。これはマジで今まで全っ然知らなかったんだけど。

前髪って作るんだって。自分で。意図的に。イイ感じに。

何か、おでこの生え際の上の方からシュッて下ろしてきた部分が前髪なんだって。奥さんが教えてくれた。

どこからどんな風にどのくらい持ってくるかは人それぞれなんだけど、そうやって意図的に作られたものが前髪なんだって。


全然知らなかった。もう衝撃がスゴかった。

だってそんなの誰も教えてくれなかったじゃん。こっちは中学校の規則でスポーツ刈りだった髪を、高校に入って見様見真似で伸ばしてきたんだからさ。

 

改めて考えて分かったんだけど、わたしはたぶん、前髪って眉毛とかまつ毛とかと一緒で、元々あるパーツだと思っていたんじゃないかな。生まれつきというか。特に意識せずともそこにあるべきものっていうか。


欲しいな。わたしも前髪。

気付かなければ何でもなかったけど、気付いてしまって、そして自分は持っていないって分かると、途端に羨ましくなるよね。


でもいきなりは怖いから、写真でシミュレーションしてみたよ。

 



f:id:wp-dandy:20190418191840j:image



きめえ。

やっぱいらないや前髪。

子どもにスマホを持たせるなら、早い方が良い。

会社で大便をしたのね。


MD5だったから、内股且つ小走りで個室に飛び込んでズボンを下ろして座ると同時にブヴァッ!! っとひり出したら反作用で軽くケツが浮くくらいの噴射だった。

これくらいのパワーがあれば、ジェットエンジンが壊れてしまったベイマックスも異次元空間から帰還できたのにと思うと残念でならない。


結果的には脱糞せずに済んだんだけど、時は風雲急を告げまくっていたものだから、トイレの換気扇を付ける暇がなかったんだわ。

そしたら後からトイレに入ってきた誰かがオシッコをしてね。出ていく時に換気扇を付けて出ていったの。


もう恥ずかしいやら申し訳ないやらで。

それがわたしに対する無上の優しさからなのか、あるいは無言の抗議なのか。それは分からないのだけれど。

でも不快な臭気でご迷惑を掛けてしまったことは疑いようもない事実なので、今後は脱糞しようとも必ずや換気扇だけは付けようと心に誓った日差しの穏やかなアフタヌーン。そしてマジで脱糞5秒前。

 

大阪の公立小中学校で、学校へのスマホ(携帯電話)持ち込みが容認されたんだって。


そのニュースは全然知らなかったんだけど、先日にKONMA08さん (id:konma08)がわたしの記事にしてくれたコメントと言及記事で知った。


 

喜ばしいことだと思っていたら、どうも賛否あるらしくて。

子どもにスマホを持たせることで、緊急時の連絡や居場所の把握が可能な一方で、ルールを逸脱した使用や登下校の歩きスマホ増加などの問題が懸念されているみたい。


やべえそんなこと全く考えもしなかった。

うちの娘たちが通う学校ではスマホ持ち込み禁止だけど、もしOKだったらわたしは一も二もなく持っていってもらうつもりでいたから。


だって、すぐどっかのバカ野郎が下半身を露出したりしやがるからよぉ。

仕事中にも学校や防災アプリから不審者目撃情報がどしどし送られてくるからね。親としては娘たちの登下校は心配のタネが尽きやしねえ。


それに災害時も不安。

わたしは会社では緊急時の消火担当なんだけど、有事の際に消火器を持って現場に駆けつける保証はどこにもないからね悪いけど。

会社だってちゃんと機能するかどうか疑わしいよ。

先生方や学校だってそれは同じでしょ。一定の信頼は寄せているけど過信は禁物ってこと。

そんな時に子どもたちがスマホを持っていたら、やっぱりちょっと安心感はあるなあ。

 

娘たちにスマホを持たせたのは、長女が小六、次女が小二の時だった。

持たせるか持たせないかでは珍しく奥さんと意見が対立しちゃったりして。ドン・フライ高山善廣くらいに壮絶な殴り合いを繰り広げる事はなく、結構長めの議論を交わしたよ。


議論の中心にあったのは『スマホは中学生になってからでいいんじゃないの論』。

やっぱり節目感があるからかな。妙に説得力があるんだよね。中学生になったらっつーのは。


でもわたしには分かんないんだよね。どうして中学生からじゃなきゃダメなのか。だって中学生って言っても、ついこないだまで小学生だったんだよ? だったら小学生から持たせても同じじゃん。


中学生からでなければならない明確な理由があるならいいけど、何となく節目だからってだけで決めちゃうのは、ちょっと思考停止してるっぺえし。

なにより自分で理由を説明できない事を娘たちに強いるのはイヤだ。


そもそもこういう類の事を年齢や学年で決めるのは嫌いなんだよ。年齢とかじゃなくてその人を見て決めようよ。わたしみたいに40歳を過ぎたおっさんより10歳の次女の方がよっぽどしっかりしていることだってあるんだからさ。


わたしは娘たちを見て、最終的にスマホを持たせても大丈夫だと判断したんだけど。

もちろん与えっぱなしは論外。スマホに限った話じゃなくて、ルールは別途定める必要がある。

 

現在の我が家のスマホルールはこんな感じ。


①月~木:1.5時間の使用制限

②金~日:無制限で使用可

③連続使用上限:30分(からの1時間休憩)

④お出かけ先では触らない

⑤歩きスマホは絶対にしない

⑥アプリをインストールしたい時は親に確認

⑦時に親がスマホのデータを見ることもある

※原則として親も同じルール

 

①の月~木が1.5時間なのは、制限というより平日はだいたいそれくらいの使用時間に落ち着くという実測データに基いてのこと。


②の金~日が無制限なのは、週末だしご自由にどうぞ楽しんでってこと。

あとはスマホばかりを触っている=悪って決めつけたくないってのがある。

何が高じるか分からないから。スマホやりまくって何かの才能が開花しないとも限らないじゃない。


例えば、一日中活字の本を読んでいるような子なら、わたしだったらきっと文句言わないんだよね。


「全くあいつは活字の本が好き過ぎてしょうがないな」


とは思うだろうけど、


「何なんだお前は! なに活字の本ばっかり読んでいるんだ! いい加減に活字の本ばっかり読むのはやめなさい!!」


とは絶対に言わないね。

本の読み過ぎは目に悪いぞくらいは言うだろうけど、基本的に本好きってちょっと知的でいい感じするからね。


でも活字の本とスマホで何が違うのかって考えたら、集中する対象が違うだけでたぶん何も違わない。だからスマホの時間も制限をなくした。

 

こだわりは、絶対に物理的な規制はしないこと。

うちは全員Androidスマホなので、Google謹製の『ファミリーリンク』という、子どものスマホ使用を監視・制限するアプリを入れてある。

もちろんアプリを入れてあることは娘たちにも伝えてあるよ。


このアプリを使えば物理的に使用時間を制限することも可能。

だけどそれはしない。なぜなら設けたルールはあくまで娘たちを信頼しているという前提のルールだから。


なので、ルールを破ろうと思えばそれは簡単。でもその場合は単にルールを破ったというより、互いの信頼関係を破ったという重大な事案として扱われることになるけどね。

ルールを破ることは簡単だけど、失った信頼を回復するのはとても難しいということも学べるはず。


物理的に制限を掛けた方が確実だし楽なのは分かっているけどね。上限に達したら使えなくなるんだから。

でもそれではイヤなんだよな。

制限時間以上使うことも出来るけど、自分の意思でそれはしないという自制心。

制限時間を超えないように自分で時間を管理能力。

そういうのを伸ばしてもらいたい。

そのためには、強制的にハイ終わりで使えなくなったらダメ。自分の管理外だから管理能力は身につかないでしょ。

ルールは破れるけど、自分の意思でそれをしない。これが重要だと思う。

 

子どもにスマホを渡すのなんて、早ければ早い方が良いさえ思っているけどな。

子どもたちが生きている今は、もはやスマホがあって当然の世の中なんだから。

遅かれ早かれ触れることになるのなら、それが早いに越したことはないと思う。その方が適切な使い方を早く教えられるじゃない。


それに、ウチはルールの中に『イザと言う時はスマホのデータを見せてもらう』という了承を娘たちから得ているんだけど。

中学生になって思春期真っ盛りの時にスマホを渡して「時にはスマホのデータを見ますからね」なんて言ってもね。思いっきり反抗されそう。

だからこういうルールは、親の介在が比較的容易な小学低学年の時から当たり前に組み込んでおいた方が楽なんじゃないかな。


ただLINEだけは怖い。制限している。今のところ長女も次女もLINEで友達とつながるのはダメ。発信側の拙い国語力と受信側の拙い読解力で、変な誤解が生じやすいから。

ジジババオジオバイトコなどとはOK。せっかくLINEが出来てもやり取りする相手がいなければ適切な使い方も覚えられないからね。

まずは失敗しても取り返しの付くその辺りの人間関係で肩慣らし。

 


あと個人的には早めに課金を経験させるのも大切かなと。課金=悪みたいに思いがちだけど、節度をもって愉しめばいいのであって。

ただ、中毒性は確実にあるけどね。

だからといって課金は危ないからさせないじゃなくて、あえてさせてみたらいい。

その中毒性を親が監視できる環境の内に課金もさせた方がいい。

だからこないだ初めて課金させてみた。今後どうなるのか注視していこう。

 

以上。わたしが考える子どもとスマホについて。

宇宙は思っているより近くにあった。

国立天文台などの国際研究チームが、世界で初めてブラックホールの撮影に成功したらしい。

 


素晴らしい。

難しいことは理解できないし、理解しようと努力をするつもりもないけど、これはロマン。


幼少の頃より、ムーに代表されるサブカル雑誌の影響で宇宙への興味を刺激され、中学時代はひとり堤防の斜面に寝転がって夜空の星を眺めた。

宇宙関連の本も読みまくったし、いちばん好きな映画のジャンルは宇宙物のSF映画だ。


今でも宇宙はわたしの憧れ。

でもわたしの存命中に宇宙旅行が出来る時代は来ないだろう。

それが残念でならない。

 

最近無性に天体望遠鏡が欲しくなる。

それを持って夜の山とか森に行って星空を眺めたい。

でもハードルが高くて出来ない。夜の山とか森とか怖え。ムリ。


諦めていたけど、この写真は先日わたしが撮ったもの。



f:id:wp-dandy:20190411125629j:image


なかなか良く撮れていると思う。

『リビングの明かりを消した後のテレビ周り』という小銀河。


宇宙は思っているより近くにあった。

そんなこと言われましても……。

小雨そぼ降る夜の街。

長い長い橋の上を主人公の車が走っている。

橋を渡りきったふもとの信号が赤になったので、主人公は車を一時停止させた。

どこからか湧いて出た無数のゾンビが、あっという間に主人公の車を取り囲み、一斉に窓ガラスを叩きはじめた。

主人公は運転席の窓ガラスを開けてしまう。

すると一匹のゾンビが主人公に顔をグッと近づけ「オマエノセイダ……」と唸るようにつぶやく。

 

さて問題。これは何のホラー映画に出てくるシーンでしょうか?

映画をよく観る人でも正解するのはかなり難しいはず。

もし正解できたなら、それはまさにミラコーとしか言いようがない。


なぜならこれは映画のワンシーンなどではなく、わたしが20代後半から30代前半くらいまで、何度も繰り返し見た夢だからだ。

従って主人公とはこのわたしに他ならない。


前回も夢の話だったけど、その時に登場したのは単なるおっさんだった。

でもこっちの夢はゾンビだから。恐怖レベルが全然違う。

おっさんとゾンビとではラズベリーとグリズリーくらいに段違いだ。


言うまでもなく怖いのはグリズリーであってラズベリーではない。

でもラズベリーもよく見てみると妙にブツブツしていて存外に不気味な事この上ないから、みんなもよく見てみ。

 

冷凍 ラズベリー 2.5kg チリ産

冷凍 ラズベリー 2.5kg チリ産

 

 

ゾンビが眼前に迫ってくる経験なんてないんだから。

この夢を見た時は必ず恐怖でうなされながら起きていた。

連日見ることもあれば数カ月おきだったりで、いつまたその夢を見るのかと不安になって、眠りにつくのが怖くなった時期も。


悪夢にうなされた男が「はぅあっ」とか叫んでベッドからバッと上半身を起こしたりするとか。

横で寝ていた奥さんも起きてきて「ダーリン大丈夫?」などと肩に手を置いて優しく声を掛けたりするとか。

ドラマや映画でそんなシーンを観ることがあるが、あんなのはウソだから。

電話に出た人が「え? 一郎が事故?」と状況説明のためにつぶやくくらいにウソだから。


悪夢にうなされている人間がそんなにカッコいいハズがないでしょ。

和室の畳に敷いた薄っぺらい布団の上で、糞山の王ことベルゼブブが地の底から発したような「ゔぁあ゛あ゛っ!!」という野太い唸り声をあげ、横で寝ている連れ合いから体を加減なく揺さぶられて「ねえちょっと。やめてよキモチ悪い」と言われる。それが現実。

「はぅあっ」なんてわたしが射精するとき以外には決して出さない声だわ。

 

そもそもどうしてこんな夢を見始めたのか。

思い当たるキッカケが一つだけあって。


会社の同じ部署にM男という同僚がいた。

妙に馬の合うヤツで、付かず離れずの人間関係を原則とするわたしにしては珍しく、プライベートでも頻繁に飲みに行ったり出掛けたりする仲だった。


そんな関係を続ける内に、自然とM男の彼女だったF美も一緒になって遊ぶようになり、恋人同士のM男とF美、そしてわたしという、まるでトレンディドラマを地で行くような関係が構築されていた。


はじめにお断りしておくけど、いつの間にかM男とわたしがF美を巡って恋敵になるとか、わたしがDEENよろしくこのままF美だけを奪い去ってそれが今の奥さんだとか、そんなキュンキュンして急性キュン不全を起こしてしまう展開とはならない。

ただ、ちょっとしたトラブルはあった。

 

ある時わたしを居酒屋に呼び出したM男から「F美と別れた」と告げられた。

突然の告白に二の句か継げないでいるわたしにM男が続けた。「お前のせいだ」と。


ハイ現場。ここが事件のあった居酒屋です。お待たせしましたこちら事件のあった居酒屋になりまぁす。

わたしが夢でゾンビから言われた「オマエノセイダ……」は、時期的にもこのM男の言葉が元と考えて間違いないだろう。


M男いわく、お前(わたし)のF美に対する異常なまでの優しさが原因で、F美から別れを告げられたのだと。

当時の記憶が曖昧なところはあるけど、M男の主張は以下のようなものだった。


・お前(わたし)はF美に対して初めから異常に優しかった。

・買い物をしたF美の荷物を持ってあげたり。

・F美が酔って乗れなくなった自転車を押してあげたり。

・F美に横を歩く時は意図的に自分が車道側を歩いたり。

・酒を飲みながらF美の愚痴を聞いてやったり。

・思うにお前はF美の事が好きだったはず。

・F美もだんだんとお前を好きになっていったはず。

・その内F美はお前と俺を比べるようになった。

・そしてF美は俺の気配りのなさに気づいてしまい、俺に別れを告げた。

・お前さえいなければ、F美は俺の気配りのなさに気が付かなかった。

・だから俺とF美が別れたのはお前のせいだ。


異常なまでの優しさと言っておきながら、挙げた例がことごとくショボくない? なんだか本官とてつもなく気恥ずかしいんだけど。

でもM男には本当にこう言われたから。


それにしてもM男だ。中々にファンキーな思想の持ち主と言わざるを得ない。

だからわたしはM男に言い返した。


・つまりは自分の至らなさが原因でF美が愛想を尽かして三行半を叩きつけられただけだろう。

・わたしがいなかったとしても別れは時間の問題。単に未来を先取りしただけに過ぎない。

・だいたいそこまで分かっていたのなら、わたしの代わりにお前がF美に優しくすれば良かったではないか。

・そもそもF美に対してだけ特別に優しくした覚えはない。

・F美に恋心があるというのも事実無根。言い掛かりも甚だしい。

・お前がそう思うなら、もうそれでいい。

・お前とわたしの関係が絶たれたとしても、F美が望むならF美と連絡は取り合う。

・それより車道側を歩くとかその辺のくだりは勘弁して。その部分特に恥ずかしいから。


ここまでの事を言い合ったのだ。当然にM男とわたしの関係は絶たれた。


あれから20年近くが経ち、M男も別の女性と結婚した。

今ではM男と普通に接することも出来るようにはなったけど、あの一件以来、M男とプライベートで付き合うことは一切なくなった。


一方F美とは、しばらく連絡を取り合って会ったりしていたが、M男と別れてから1年くらいしてF美に恋人が出来た。

それからは自然と疎遠になり、今では連絡先も知らない。

 

自分で言うのも全く憚られないけど、意外にもわたしはそれなりに気配りができる性格だったりする。

だからF美にも他の人にするのと同じような気配りをしたに過ぎない。

それを優しさと言うなら、わたしは優しかったのだろう。

ではその優しいわたしが、なぜ責められなければならないのか。

しかも自分の至らなさを手の届かないくらい高い棚に置いたM男などに。

冗談ではない。


M男に「お前のせいだ」と言われてしばらくは、悲しさと怒りが尋常ではなかった。

でも今では、M男とF美が別れてしまったのは、やはりわたしのせいではなかったかと思っていたりする。


なぜなら、わたしが優しくすることはなかったかなと。

F美が重そうな荷物を持っていたのなら、わたしが代わりに持ってあげるのではなく、わたしがM男に「持ってあげたら?」と言えば良かった。

F美が愚痴を言っていたら、わたしがその聞き役に回るのではなく、M男に「聞いてあげたら?」と言えば良かった。


上から目線なのは仕方がない。わたしがM男より気配りが出来たのは事実なのだから。

ただその気配りを、F美にではなくM男に向けられなかったことが悔やまれてならない。

それが出来ていれば全ては丸く収まり、あるいはF美とM男は別れずに済んだかもしれない。

わたしはF美には優しかったのかも知れないが、M男に対しては優しくなかったのだな。

 

その後悔の念が、冒頭に書いた夢となって現れたのだと思っている。ゾンビはM男だったのだ。

そしてその夢を見なくなったということは、わたしはこの一件を完全に過去のものに出来たということだろう。


ただ後遺症はある。この一件以来、わたしは優しさをオモテに出すのが怖くなってしまった。

相手に気づかれないように優しくするクセがついてしまったものだから、わたしがこんなにも優しい人間であることが、一切周囲に伝わりゃしねえ。


まったくもってめんどくせぇ。

M男、オマエノセイダ。

『夢を見たおっさん』の話をしたい。

数日前の朝。

自宅の玄関ドアを開けると、白いランニングと白い短パン姿のおっさんが、ドアの裏でタバコを吸っていた。


我が家はブロック塀に囲まれており、玄関ドアから少しだけスペースを空けて門扉がある。

そのおっさんは門扉と玄関ドアの間にいた。

わたしは法律のことは詳しく知らないが、他人の家の敷地内でタバコを吸っているこのおっさんのことは、きっと住居侵入で罪に問えるだろう。

 


f:id:wp-dandy:20190401175817j:image

 


見ず知らずのおっさんに不法侵入されているにも関わらず、全く慌てている感じがしないわたしに、違和感を感じておられる方もいらっしゃるかも知れない。

事実、わたしは慌ててはいなかった。

なぜなら玄関ドアの裏にこのおっさんがいたのは、もうこれで3回目だからだ。

 

そのおっさんに最初に遭遇したのは1ヶ月ほど前の朝だった。

その時はさすがにビビった。

なんだこのおっさん勝手に他人の家の敷地に不法侵入するだけでは秋田ラジュ、あまつさえ紫煙をくゆらせるとは無駄に優雅な野郎だなと思った。


ご存知ない方のために補足説明しておくと、『秋田ラジュ』は最近ブレイク中のハーフタレントだ。ウソだ。このほど秋田県に新しく出来たちょっとおしゃれなショッピングモールだ。ウソだ。本当は単に『飽き足らず』の打ち間違いなのでどうか気にしないで米。間違えた気にしないでYONE。秋田だけに。米どころなだけに。

 

話をおっさんに戻す。

通常なら厳然たる態度でおっさんを敷地内から追い出し、何なら警察に通報してちょっとした騒ぎになる事案だ。

でもわたしはそうはしなかった。敷地内から追い出しもしなかったし、警察も呼ばず、そのまま家を後にした。


自分でもどうしてそうしたのか、ハッキリとは分からない。

ただ、そのおっさんの態度は決して横柄ではなく、いかにも申しわけなさそうに身を縮こまらせて吸っていた。だからわたしも強い態度に出にくかったのは事実としてあるだろう。

わたしが会社から帰ってきた時には、そのおっさんはもういなかった。

 

それから時が経って2週間ほど前の朝。玄関ドアを開けたらおっさんがまたいた。2回目だ。

震えながら、まるで捨てられた子犬のような上目遣いでわたしを見上げてきた。


正直、0.1マイクロメートルも可愛いとは思えないし、震えているのはあんたの格好が今の季節にそぐわないから単純に寒いだけだろうと思った。ここでタバコを吸われるのはイヤだが、吸うならせめて暖かい格好をしてくるがいいじゃないか。


しかしその時も、わたしはやはりこのおっさんを追い出すことが出来ず、そのまま家を後にした。

一体あのおっさんは誰なんだろう。どうしてわたし達の家に不法侵入してまでタバコを吸っているのか。

 

そして冒頭に戻って数日前の朝、三たびあのおっさんが玄関ドアの裏にいた。

3度目ともなると、もうお互いに軽く会釈しちゃったりして。

いやいや絆を深めるなし。友情を育むなし。相手はおっさんだぞ。わたしもおっさんだけどそれは本件には関係ない。


しかしその時は過去2回とは違った。なぜならわたしは、勇気を出してそのおっさんに声を掛けたからだ。


「あの。ここわたしの家の敷地内なんで、外に出てもらってもいいですか?」


決してビビっていたわけではない。どんな相手であれ、敬意を持って接するのがわたしの信条だからだ。一応。出来うる限りは。

するとおっさんは


「あぁあぁ! すいませんすいません! いま! いま出ますから!!」


おっさんは慌てた様子でそそくさと門を開け、走り去っていった。


何だこの妙な罪悪感は。わたしは当然のことをしたまでだろう。何も負い目を感じることなど無いぞ。

彼がこの先どうなるのかは分からないし、ハッキリ言えばどうなろうとわたしの知ったことではない。

まさか彼が『わたしの家の軒先でしかタバコが吸えない病』を患っているわけでもないだろう。

我が家がダメなら他の家に行くだけだ。その家の人には申し訳ないが、警察に通報しなかっただけ、わたしは感謝されてもいい気がする。

 

それから数日間はおっさんが現れることもなく、平穏な日常が戻ってきたものと安心しきっていたある日の朝。

おっさんがいた。

ただ、いつもとは違っていたのは、玄関ドアの裏ではなく、我が家の敷地外、門扉の横に立ってタバコを吸っていたことだ。

 


f:id:wp-dandy:20190401175832j:image

 


あーそう来ちゃう?

確かに敷地内じゃないけど。

確かに不法侵入とは言えないけど。

そういうことじゃないでしょ?

ナニ? 警察に通報しなかったわたしの優しさを、そういうアレ? 何ていうか、揚げ足を取るみたいな、そんな感じで来ちゃうわけ?


しかもナニそのそのしたり顔は?

おまえもしかして仲本? 小学校の時に「このチョコレートあげようか?」という魅惑的な問いを投げかけ、貧乏ゆえにおやつなど満足に食べられなかったわたしが「うんっ!!」って食いついた刹那「はいあーげたっ!!」と言ってチョコレートを持つ手を高々と上にあげてしたり顔をみせた仲本じゃないの?

そうとなればもはや容赦はできまい。手加減抜きで本気を出させてもらおう。あの時の恨みは未だ忘れてはおらぬぞえ。

 

ってところで目が覚めた。

お察しのこととは思うけど、これは夢の話だ。現実ではない。

だから、この記事のタイトルは、


『夢を見たおっさんの話。』


ではなく、


『おっさんの夢を見たおっさんの話。』


が正しい。

単なる見た夢の報告に過ぎない。

スイマセン。

エイプリルフールだと思って許してもらいたい。


ただ、この夢を見たことは本当だ。ウソではない。

内容的にも変な夢なのに、同じ夢を日をあけて3回も見たし。

わたしが声を掛けたらおっさんが移動するという変化まで見せる奇妙な夢。


あれからまだおっさんの夢は見ていないが、玄関ドアの裏から敷地外の門扉の横に移動したおっさんが、次の夢ではどこにいるのか、どんな事になっているのか。興味深くはある。


気になったので素人なりに夢占いサイトで鑑定した。

おっさんというか、知らない人が出てくる夢の場合は、『自分が気づかない自分の一面を持った人格』なのだそうだ。

非道徳的なことをしていたり危険なことをしようとしている自分を改めさせるために、知らない人物になり代わって現れるのだそう。


わたしには一体何をしようとしているのか。そりゃストレスは溜まってはいるけれど、非人道的なことをする予定は、今のところGoogleカレンダーには書かれていない。


危険なことをする自覚もない。

ないけど、もしわたしのブログの様子におかしなところがあったら、いやいつもそれなりにはおかしいのだけれど。

どうか皆さんスターやコメントやブックマークでどしどし教えていただきたい。

わたしが予想する新元号は『余有』。

先日、我が家と親類縁者でファミレスに行った。

長女の13回目の誕生日だったので、平均的庶民の我が家にとっては、ちょっとお高めのファミレス。


あえて店名の明言は避けるけど、我が家がよく利用させてもらう激安イタリアンレストランの3倍は値が張るんじゃなかろうかという、わたしがもし連邦だったら畏怖の念を込めて「あ、赤い彗星……!!」と恐れおのののかざるを得ない、そんなファミレス。

あれ。理由は分からないけどビールが飲みたくなっちゃったな。急に。東京ドームで。


料理を注文して軽く談笑などカマしているうちに、40代前半くらいのメガネをかけた女性の店員さんが、料理を運んできてくれた。


「ピザでーす」

「パスタでーす」


おのれ。でーすじゃないでしょ。

ちょっとフザケないでもらってもいい?


マクドナルドに行って「バーガーでーす」とか、すき家に行って「丼でーす」とか、そんな提供のされ方ってある?

ないよね。知ってるよそんなのってならない? わたしはなるんだけど。

だってそりゃバーガーでしょ。そりゃ丼でしょうよ。

そうじゃなくて。『何の』が重要のんじょのいこ(”なんじゃないか”のえなりかずき味)。


6つ子のおそ松さん達が自己紹介する時に、


「松野でーす」

「松野でーす」

「松野でーす」

「松野でーす」

「松野でーす」

「松野でーす」


って言う?

言ってもいいよ。だけどもし言うんだったらそれなりの覚悟はして。わたしは3人目が「ま…」って言った刹那に平手で相手の頬の部分に打撃を加える自信があるよ。そうだね。いわゆる一つのビンタってやつだね。


そうじゃないじゃない。

『何松か』が重要のんじょのいこ(復習:”なんじゃないか”のえなりかずき味)。


「ピザでーす」とか「パスタでーす」とか。

「加・賀・谷でーす」だか「釈迦でぇーす」だか知んないけど。

何なの? 何のピザなの? どんなパスタなの? って話。


まぁいいんだけどね。正直少しも腹は立てていないから。

結果的に同種の料理でかぶっている人がいなかったしね。だからこそ店員さんも省略して言ったのかもしれないし。


でも食べ始めてから「あれ? これって自分が頼んだパスタじゃなくない?」なんて事だってあるわけじゃないの。

悪いけどこっちはそこまで自分が注文した料理を観察して食べているわけじゃないから。


わたしなどは過去にフィレオフィッシュって言われて渡されたチキンタツタを、最後まで食べきってから「これお肉じゃね?」って気づくという、そんな、あそんなおちゃめな貧乏舌の持ち主だから。お肉が食べられないわたしがだよ? つーか食えるんじゃんわたし。肉。


まぁそんなわけもあって、やっぱり料理名はあんまり略し過ぎて欲しくないのがわたしの本音。

 

ただ、その店員さんの勢いは留まることを知らない時の中でいくつもの移りゆく街並みを眺めていて。


「サラダでーす」

「スープでーす」


だからセットのでしょ? それってセットのサラダとスープだよね?

だったら「セットのサラダでーす」とか言ってもらうわけにはいかないの? ただサラダでーすって言われても、申し訳ないけどこっちも一瞬「あー、誰だっけ?」ってなっちゃうんだよ。


自己紹介する時には社名とか肩書きも合わせて言うでしょ?


「こぉんちには。ぼぉくルフィです」

「オッス! オラルフィだ!」

「やぁ!ぼく ルフィ。ハハッ」


これじゃナニ帽子のルフィさんなのか分からないでしょ? ヤベーやつも1人混じってるみたいだし。

 

わたしがそんな事を考えているなんて、きっと店員さんはつゆほども思ってないんだろうね。まだまだ店員さんの猛威というか暴威は衰えを知らなくて。

もうこの辺りになってくると、わたしの中では店員さんではなく『メガネブー』に変わっていて。

ホントに失礼なんだけど。こういうのがいけない事は分かっているんだけど。でもわたしはそう思っちゃう性格なのでメガネブーになっちゃって。

で、そのメガネブーが言うんだよ。


「お子様でーす」


違う。お子様ではない。

もはや料理名ですらねえだろ。年齢区分だそれは。

お子様はわたし達側のメンバーの一人であって、あなたが持ってきてくれたのはお子様ではなく『お子様向けの料理』だろ。

しかも正式名称は『キッズカレー』であって、お子様なんてワードは入っていないんだぞ。


あと一切の確認もせずにたまたまスペースが空いていたという理由だけで頼んでもいないキッズカレーを45歳男性の前に置くのはやめるんだよーしいい子だ。

まさかわたしがキッズに見えたわけではあるまい。

そりゃ『少年の心しか持たない軌跡の40代』と罵られたことが無いわけではないけれども。

 

で。

こういう事をされると、わたしはすごく短絡的になっちゃうから。

おこがましくも、ここまでの言動でこの店員さんという人間を断定してしまうんだな。

あー、この人きっと普段からあんまり気が回らない人だわって。

分かるはずがないんだけど。わずか数分程度の接触で、一人の人間を断定することなんて出来るはずがないんだけど。

でも断定してしまう。それがわたし。


わたしが小学生の頃。

宿題を忘れたわたしに、担任だった女性の先生がこう言った。


「アンタ将来ロクな大人にならないよっ! これ絶対だからね!!」


そういうのって大人になっても忘れないもので、言われた当時は、


テメ分かんのかぇ。

テメ俺が将来どんな大人になんのか、これだけで分かんのかぇ。

テメノストラダムスかぇ。

それか五島勉かぇ。


って思った。

この時の担任の先生と、今のわたしは全く同じだ。わずかな情報のみで一人の人間を断定している。

まぁ宿題をやっていかなかったわたしに非があるのだし、ロクなかどうかは分からないけど大した大人になっていないのは事実だけど。

それでもわたしはそんな自分が大好きだけど。


そんなわけで。

食事を終えたわたし達は、レジ前の大きな水槽にザリガニの親分みてえなエビ達がひしめき合っている風景が壮観な、そんなファミレスを後にしたわけだけど。


少し話が変わって。

先日、たわむれに、会社帰りに駅から家に帰るまで、何人の歩きスマホ人とすれ違うかを数えてみた。ガッツリ目に歩きスマホしてる人ね。


結果、10人だった。

ざっくり数えて100人くらいとすれ違った中の10人だったから、約10%。

1人だけ歩きスマホじゃなくて春巻きみてえの食ってるだけの紛らわしい人がいたけど、歩き春巻きは罪には問わないので。


10%。これが多いかどうかはモノサシを持っていないから分からないけど、この10%の人たちは、わたしの中で「こらえ性のないバカ」というミもフタもないあだ名と共に最低の評価が下されている。


だってそうじゃない。少しの時間すら堪えることができずに歩きながらゲームだかSNSだかをガッツリやるっつーのは、もうこらえ性のないバカ以外の何者でもないじゃない。


今まで歩きスマホに起因した悲惨な事故のニュースがどれだけ流れてきたと思ってんのさ。いやどれだけか分かんないけれども。


それでもやるんだもの。

歩きながらちょっとスマホ見るとかじゃないんだよ。もうガッツリ画面に食い入って歩いてるんだもの。

どれだけひいき目に見てもバカ以外の評価にはならない。

だからこの10%の人たちは、わたしにとっては『こらえ性のないバカ』。


ていう人たちに対してだって。

前述の店員さんと同じように、わたしはほんの一部分しか見ていないのに、その人たちを最低最悪のバカとまで蔑むんだから。

これはむしろわたしがバカなんだな。

バカっていう人がバカなんだよって、よく次女(9)に言われるけど、あれってホントだったんだな。

ちょっと反省せねばなるまいね。


でも。

イヤホンして左手を上着のポケットに入れて右手でスマホを見てハンドルから手を離して自転車を走らせていたボウズのあんちゃん。

ゴメン君だけは断定させてもらうね。


お前はバカだわ。

 

いろいろ書いてきたけど。

何ていうか、もう少し心に余裕を持ちたいよねって、最近はよく思う。

自分としても。

よく分からないけど日本としても。

だから新しい元号は『余有(よゆう)』が良いなんて思っている。

『余裕』だと『裕』の画数が多いからね。


余有……。良い。

余有元年……。良いわぁ。

「そういうこともあるよねー」の境地に達したい。

卒業式のシーズンインザサン心潤してくれ。


去年の今頃、長女(13)も小学校を卒業した。その卒業式での話。


なぜ式の席順がステージ→卒業生→在校生→保護者になっているのか。

悪いけど在校生は保護者の後ろに下がってくんねえかな。

こちとら40歳を過ぎてっから。衰え始めたマイアイズじゃ我が娘の姿を視認することが困難を極め、いっそのことクローズマイアイズするような事態に陥っちまうからよ。


そうじゃない。書きたいのはそんなことじゃなかった。

改めて、その去年の卒業式にて。


奥さんとわたしのいくつか前に、3歳くらいの男の子を連れた保護者が座っていた。

会話の節々から、その男の子がアンパンマンを好きらしいことは分かったので、ここでは仮にその子を『アンパン』と表記することにしようとしたけど、アンパンだとシャレになんないヤベーやつになっちゃうから『アンちゃん』とす。


式の最中、そのアンちゃんが騒ぐ。すげえ騒ぐ。

おもちゃが欲しいと喚き、お菓子が食べたいと叫び、外に行きたいと走り回る。

まるで今年度のこの小学校の卒業式を台無しにするために、赤ん坊の時分に惑星ベジータから送り込まれてきたのかと思わざるを得ないくらいに、よう騒ぐ。


まぁ分かる。

そりゃ正直、軽くうるせえなとは思ったけど。

でも年端もいかぬ小さなアンちゃんだもの。卒業式だからといって黙って座っていられるわけがない。

あるいは何か事情があるのかも知れない。

だからそこはいいとして。


でもアンちゃんのご両親には結構イライラしていた。

だって大声を出して喚き叫び走り回るアンちゃんを、全っ然なんとかしようとしねえんだもん。

「ほらアンちゃん」くらいの軽い声掛けをするだけで、それ以上は止めもせず諌めもせず宥めもせず。

あとはひたすらスマホばっかりいじくり倒しやがって。


何だいその「ほらアンちゃん」ってのは。絵本のタイトルかよ。それとも騒ぐ子どもを静かにさせるための魔法の言葉か何かか?

だとしたらソレ、一切何の効果も発揮してないぜ。


何で動かねえのよ。

あなた方は地蔵か? そこいらの道辻に置かれているありがたき道祖神かよ。

ほらアンちゃんつまんねえってよ。そりゃそうだよアンちゃんは卒業式なんて知ったこっちゃねえんだからさ。

そのスマホをいじる手を少しだけ止めてさ。おもちゃかなんかを渡してやんなよ。菓子も食わせてやんなって。すりゃアンちゃんも満足して多少は静かになるでしょうよ。

他の保護者の方々はどうだか知んないけど、わたしは我が子の6年間を思い返して感動に浸りたいのに、全然集中できないでしょうが。


式の最中、ずっとそう思ってイライラしていた。わたしの感覚では考えられない親としての振る舞いだったから。

だから式が終わってから奥さんに聞いた。あの地蔵夫婦、ちょっと無いよねって。


奥「別に何とも思わなかったよ」


……。

いや違うでしょ。そうじゃないよね。

わたしだってアンちゃんはいいんだよ。でも、あの地蔵夫婦に対して少しの憤りも覚えないってのは、さすがにムリがあるよね。


奥「自分の子が小さい時に同じような経験をしてきてるし。周りの人たちも『そういうことあるよねー』くらいじゃない?」


おめえも地蔵だったか。そこいらの道辻に置かれているありがたき道祖神かよ。ずいぶんと慈悲深えな。


つーかウッソーンわたしだけ? 心狭き人間はわたしオンリーロンリー?

わたしだって娘二人で同じような経験をしてきているけど?

そしてCHAGE and ASKAの『オンリーロンリー』はいい曲だよね。


いやーやっぱり違うよ。

恒例の鈴木雅之さんにお越しいただいてもいいレベルで違う、そうじゃない。

もう心が狭くってもいいわ。だって違うと思うんだもの。


確かに「そういう事あるよねー」はあるけどもさ。

それは式の最中に騒いだり走ったりする年端のいかぬアンちゃんに適用されるのであって。

わたし的にはその両親自体には適用外だわ。逆に「それは無いわー」ってなる。

騒ぐ子どもを放っておいて、自分らはスマホいじってロクに子どもを見てないんだぜ?

ないよ。ない。もう一度言う。それは絶対に、ない。

 

と、憤る半面。

いいよねえ。「そういうこともあるよねー」って、そういう優しい世界。

子どもが騒いだり泣き出したりした時に、周囲の目に冷や汗かいてビクビクしなくてもいい世界。いい。

わたしが言うのも何だけれども。

いや、わたしのような至らぬ人間だからこそ、そう思うんだけれども。


どうすれば出来るのか。そんな世は。

一つは、わたしのような人間が減ればいいのだろうな。

わたしは他人のミスとか、自分は出来ているのに他人が出来ていない事なんかに、酷く心が狭い時があるから。

わたしはなんで人を許せないのか。

出先で娘たちがグズったりすれば、冷や汗かいて宥めたりしてきたからなぁ。わたしも。

自分がそうしてきたから、そうしない親を見ると憤りを覚えるのか。


じゃぁ例えば。

自分の子どもが騒いだりした時に、周囲が暖かく寛容であったとしたら。そういう世であったなら。

そういう世で子育てをした人たちは、今度は自分も他の人に対して寛容でいられるようになる気がするんだけど。

それがどんどん繰り返されて、そういう空気が熟成されて広く浸透していけば、何だかものすごく優しい世界が誕生するんじゃないの?

良い気がする。何だか無性に吟じたくなってしまうほどに、イケそうな気がする。


これはまさに映画『ペイフォワード』の世界じゃないかな。

でもどういう映画だったっけな。アレ。

 

 

でも。
子どもを放置してにスマホをいじっているような親には、残念ながら周囲は暖かく寛容ではいてくれないね。多分。

泣いたり騒いだりする子どもを一生懸命に何とかしようとする健気な親の姿を見て、やっと周囲は同情して寛容になってくれる。

周囲に寛容さを求めるなら、冷や汗かいて必死な姿を見せないとダメ。

その姿を見せたら周囲は同情して寛容になってくれる。

でも寛容になってもらうためには冷や汗かいて……。

 

なんか訳わかんなくなってきた。これ以上はわたしの頭ではムリだわ。

あと、さっきから『周囲』って言葉で薄めて逃げてるけど、これは卑怯なので。

『周囲』はすべて『わたし』に置き換えよう。

 

一つ分かっているのは、ワタシは心が狭いってこと。一応は自認している。

一応は自認できているのならば、これ先にわたしも「そういうこともあるよねー」の境地に到達できるかもしれないという希望を胸に、もう一度『ペイフォワード』を観なおしてみようか。