俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

映画レビュー『美女と野獣』は、うーん・・・。

 アニメ版ではなく実写版の方です。ハーマイオニーが主演のやつ。ウィンガーディアムレビオーサッ!!

 

 

 娘たちが祖父母の家に泊まりに行っている時に、奥さんと二人で家で観たのです。

 何となくこの映画は『映画館っぽくしないとダメなやつだ』と直感したので、部屋の電気を消し、ダイニングチェアをテレビの前に並べ、アイスコーヒーも用意しました。


 さぁ準備万端整ったかに思えたのですが、字幕か吹き替えかですごく迷いまして。わたしはアニメは吹き替え、実写は字幕と決めているんですけど、あれこの映画どっちだろってちょっと混乱しちゃいまして。

 実写? CGアニメ? 実写だけど実写じゃない? さよならだけどさよならじゃないのがやまかつWinkなのは分かりますね?


 結局字幕で観ました。冒頭の歌の数分間を字幕と吹き替えで両方試して、何となく字幕がしっくりきたので。

 吹き替えの方がストーリーに集中できるとは思うんですけど、俳優さんの生の声も聞きたいんですよね。それを含めてその人の演技のような気がして。

 

 アニメを実写にすると悲惨な結果に終わることも多いのかもしれないですけど、この映画についてはどうかな。実写が元のアニメを超えた……ような気がしないでもないです。

 とはいえ、アニメ版の『美女と野獣』を観たのはもうかなり昔ですからね。正直よく分かりません。


 そんなことよりですよ。アニメ版の時からずっと思っている疑問というか『うーん』ってのがあって。


 一つ目のうーんは、野獣が思いのほか弱いんですよね。


 主人公のベルが野獣の城を飛び出したあと、オオカミの群れに襲われます。ベル絶体絶命のまさにその時、野獣が現れてオオカミの群れを追い払うんですけど、オオカミに噛まれて重症を負うんです。野獣がですよ? 倒れて動けなくなっちゃうの。ぐおぉっとか言って。


 いや素晴らしいと思いますよ。己の命を危険にさらしてまで人を助けるなんて、そりゃ簡単に出来ることではないですからね。


 でも野獣でしょ? 野獣って言ったらボブ・サップさんですよ。

 

野獣の怒り

野獣の怒り

 

 

 ボブ・サップさんがフツーの小6男子3人と本気モードで戦って重症を負いますかね。ちょっとした隙に後ろから背中を蹴られてぐおぉってなります? なんとか勝ちはしたけどすぐに病院へ緊急搬送って、それ野獣って言う? それはもはや野獣ではなくただの動物ですよね。美女と動物。楽しそうな番組!!


 期待した分だけ揺り戻しがすごいというか。揉んだ分だけ揉み返しも酷いというか。会社のカッコいい先輩がすごく高い車に乗っているからきっとお金持ちなんだと思い込んでいたら、単に車に全財産を注ぎ込んでいるだけの話でうす汚いアパートの一室でペヤング食ってたみたいな。

 

 二つ目のうーんは、王子が野獣から人間に戻った時のリスクを誰も考慮しなかったのかということ。


 家具や食器などにされた家来たちは、野獣に変わってしまった王子が本当の愛を知ることができるように、なんとかベルと野獣をくっつけようとするんです。その甲斐あって王子は人間に戻ることが出来たんですけどね。


 でも王子ものすっげぇブサイクかもしれないじゃないですか。仮にブサイクじゃなかったとしてもですよ。ベルにとって何か知んないけど、どーーーしても生理的に受け付けない顔立ちの人かもしれないでしょ? もしそうだとしたら、王子が真実の愛を知った刹那に「ごめんなさいっ!!」で大どんでん返しです。これは相当な悲劇ですよ。


 『野獣なのに』ってのが絶対あったと思うんですよベルも。野獣なのに実は優しい。野獣なのに本とか読んで博識。そのギャップにやられた部分もあるはずなんですよ。


 リスクは王子にだってあリますよ。家来たちが一生懸命に自分とくっつけようとしているベルが、その、ね。あまり綺麗じゃなかったらね。

 綺麗じゃないって言っても別に汚いわけではないですよ。あくまで世間一般の美女基準からは少し外れるというか。少しね、ほんのすこーし。ジャスタリルビ。

 ほら王子にも好みというものがあるわけだから。


 だからこの物語に限らず『美女』じゃないと成立しないって前提がダメなんですよ。

 真実の愛を知るなら、美女ではなく普通の女性、そして野獣ではなく普通の動物。『女と動物』。うわぁ。一気にまんが日本昔ばなし臭が出てきましたね。

ズッペェ。

 以前から娘たちがイチゴ狩りに行きたいと言っていたのですが、なかなか思うように時間が取れず。

 気が付けばわたし達が行ける範囲の農園は、軒並みイチゴ狩りのシーズンが終わってしまっていたのです。


 娘たちのささやかな願いすら叶える事のできなかった不甲斐なき父。

 その烙印を押されそうになっていたまさにその時。我が家において総合得点で最も高性能な人間である奥さんが、滑り込みセーフの農園を見つけてくれたのです。ありがとう奥。

 

 というわけでイチゴ狩りに行ってきましたよん。

 訪れたのは埼玉県にある『関根農園』さんです。


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 ここではあきひめ、かおりの、べにほっぺ、よつぼしという、4種類のイチゴが30分間食べ放題でした。

 わたしはたまには趣向を変えて、家から持参したチョコソースと練乳のブレンド汁でイチゴをいただきましたよ。


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 ところで下の写真は4種類のイチゴを並べたものですが、どれがどれだかお分かりになりますか?


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 はいブー違います。正解は4コともわたしがスーパーで買ってきたとちおとめでした。

 うっそぴょん。ホントは並べたわたしもどれがどれだか失念しちゃったんだよん。

 それもウ・ソ・さ。正解は左から『あきひめ、べにほっぺ、よつぼし、かおりの』でした。メイビー。

 わたしは『かおりの』がもっとも好みでしたよ。メイビー。

 

 さて。物事に対して異様に飽きっぽいことで定評のあるわたしにとって、ただ漫然とイチゴを食べて30分を過ごすことは苦痛以外のナニモノでもないのです。なので急遽『わたしアウォード2018』を開催しました。


 『最もイチゴらしいカタチ部門』で最優秀に輝いたのは次女(9)。


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 『最も巨大なイチゴ部門』では長女(12)が最優秀。

 
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 奥さんは『最もヘンテコなカタチ部門』で受賞。


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 わたしは賞を逃しました。だってそもそも腰痛のせいで中腰になれないんだもの。イチゴが満足に狩れるコンディションとは程遠かったんだから仕方ないです。

 

 あとジャムも売っていました。お試し用の小ビンが200円で買えるのです。イチゴジャムに加えてトマト、夏みかんのジャムを買いました。


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 ビニールハウスも広かったし、農園の方たちもとても感じが良かった。何より家族が喜んでいたし。今後は毎シーズンこちらにお世話になろうと思いました。我が家の常宿ならぬ常農として。

 素敵な思い出をくれた関根農園さんには感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

 話は変わりますが、わたしはイチゴはあまり得意ではないんですね。

 別にイチゴが食べられないとかではないです。普通に食べられるんですけど、特別においしいとは思わなくて。


 ケーキの上のイチゴはいつも誰かにあげてしまいますし。今回のイチゴ狩りでは確実に10個は食べましたけど、数年前に行ったイチゴ狩りでは、3個くらい食べてあとはひたすら変な形のイチゴを探して遊んでいました。


 逆に、なんでイチゴってあんなにチヤホヤされているんですかね。あくまでうちの娘たちに限って言えば、ケーキを選ぶ時の基準はイチゴがのっているかどうかだったりするし、「イチゴあるよーっ」って言えば「やったー食べたいっ!!」って答えが100%の確率で返ってきます。


 そんなにかなぁイチゴ。イチゴでそんなハイテンションになるかぁ。もし夜ごはんがあんかけ焼きそばとかグラタンだったら、わたしウヒョーッってなるけど、それと同じレベルのハイテンションで喜ぶんだよなぁ。


 でもすごく甘いとかいうわけじゃないよ? むしろ酸っぱさの方が強いと思うんだけどな。これは単にわたしが良質のイチゴを食べていないから? いやそんなことはない。やっぱり甘酸っぱいよイチゴは。


 だいたい甘酸っぱいって好きじゃないんだよな。味として中途半端だし。あまずっぱい。アマズッパイ。アマズッペェ。ズッペェいらなくねぇ? やっぱ要らないよズッペェ。


 なんかイチゴだけ妙に過大評価な気がして。そんでアイツら自身、ちょっとフルーツの王様を気取ってるところあるじゃないですか。果実的野菜のくせに。果物だか野菜だか分からないどっち付かずのコウモリみたいなヤツなのに。

 

 ですからね。これはまだ仮説の段階なんですけどハッキリ言いますね。


 イチゴってマズいんじゃないですかね? みんな何かだまされてるんじゃないですか? だってアイツら練乳ないと食べられないでしょう?


 いや、もちろんそのままでも食べられますけど、でも練乳必須な空気感がものすごくないですか? イチゴ狩りの時でも家で食べる時でも。


「イチゴ買ってきたよー」

「食べたーいっ」

「あゴメン練乳ないや」

「・・・チッ」


 なんだその露骨なテンションダウンは。気づいてないかもしれないから敢えて忠告してやるが、お前が普段食べているそれは、イチゴではなくもはや練乳そのものだからな。

 お前はイチゴを食べているのではない。練乳を舐めているのだ。その証拠にかなりの高確率で最終的に「練乳だけなめてもいい?」とか言うだろ。この野郎お前は練乳なめ子か。辛酸なめ子先生に申し訳ないと思わないのか?


 そんなことを言ったら大抵の食べ物は何かしらの調味料がなきゃ食べませんけど。

 でもフルーツは大抵そのままでイケるじゃないですか。少なくともわたしはりんごやナシやモモやバナナに練乳かけて食べたりしませんし、ましてや練乳が必須だとは思いません。だって練乳かけなくても十分美味しいから。


 イチゴだけですよ。わざわざ練乳を親のカタキのごとくこれでもかとかけまくって食べるのは。完全に主従交代です。イチゴを食べるために練乳をかけているんじゃない。練乳をより美味しく舐めるために、その引き立て役としてイチゴの酸っぱさを利用しているんです。


 あとついでに言えばイチゴの形が気に食わない。カッパみてぇ。

 


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エビオ。

 毎朝の通勤時にファミリーマートに立ち寄り、朝と昼のご飯を買うのです。


 今わたし気分爽快だよ……これは森高千里さんの『気分爽快』という曲の一節なわけですが、それは今回の話には全く関係がなく、今わたし『海老の寿司』というおむすびにハマっております。

 扁平形状のおむすびに錦糸卵とマヨネーズ。その上に蒸し海老2枚を並べるという、何とも贅の限りを尽くしたおむすびなのです。


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 わたしなりの食べ方も確立しております。一方の海老をもう一方の海老に重ね、海老が不在になったご飯の部分のみを食べ進めます。


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この段階では正直ただの苦行です。きのこの山の石づき部分のみを食べ続けるようなものですね。

 しかしそうした苦労の末に出来上がるのは、至高の逸品『ダブル海老寿司』。


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それを一口で頬張るのです。歯に伝わる心地よい海老の弾力。鼻の奥をくすぐる豊かな風味。もうたまらないのです。

 

 わたしは朝用に1コ、お昼用に2コのおむすびを買うのですが、初めはこの海老の寿司はお昼の楽しみに取っておいたんです。でもそれではだんだん満足できなくなってしまい、今では2コ買って、朝とお昼の両方で楽しんでいます。


 留まることを知らないのは何も『Tomorrow never nows』だけではありませんよ。人の欲望もそうです。1コが2コに増え、いったん解き放たれたわたしの欲望はもう抑えることが出来ません。この海老の寿司をもっともっと食べたい。ずっと食べ続けていたい。そう思うようになってしまったのです。


 簡単なことなんですけどね。3コ買えばいいんです。朝もお昼も100%海老の寿司にすればいい。でも買えないんですよ。在庫がないわけではありません。


 恥ずかしいのです。


 海老の寿司3コはさすがにマズイですよ。他に買うものはないんですよ? 海老の寿司だけを3コも持ってレジに行くんですからね。レンタルビデオ屋さんに行って3本すべてAV借りられますか? 名作映画2本の間にAVを挟む『エロエロバーガー大作戦』が敢行できないんですよ?


 絶対あだ名つけられるでしょこんなの。だってわたしだったら付けるもん。今だって毎日2コの海老の寿司を買っているんだから、もしかしたらすでに『海老男爵』なんて名付けられていてもおかしくはないんですよ。

 その状況で3コも買おうものならどうなりますか? 『海老男爵』から一気に『海老伯爵』に格上げされてしまうことは想像に難くないですよね。いや『海老公爵』まで上り詰めてしまう恐れすらありますからね。


 これだってね。相当楽観的な希望的観測での予想に過ぎませんからね。店員さんのネーミングセンスに救いがなければ『海老夫』で終いですよ。なんでカネ出して好きなもの買った挙げ句に海老夫なんて呼ばれねぇとダメなんだこの野郎おぉぉ。

 

・・・・・・海老夫いいな。

 海老夫。

 海老夫。

 ニックネーム変えようかな。

 

 つーか高えな海老の寿司。160円もするのかよ全然知らなかった明日から昆布のおむすびにするーガマンするー。

 

憧れのトートバッグ。

 トートバッグっていうんですかね。どこぞの300円ショップで買いました。

 


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 しろくまの背中のアールに沿うようにペンギンが寝ている絵に惹かれまして、思わず買ってしまいました。


 実は、こういう片方の肩に掛けるタイプのバッグで通勤するのがわたしの憧れなんです。


 ずいぶん低空飛行な憧れだとお思いかもしれませんよね。すぐに叶えられるし、とっととやるがいいじゃないかと。

 ところがこれがわたしにとっては手の届かない夢のまた夢なのです。


 なぜかと申しますと、わたしはどうやら一般的な男性と比較して、肩幅が狭く、加えてなで肩のようなのです。

 
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 ですからね。わたしがこういうトートバッグを肩に掛けて歩くと、10歩も歩かない内に肩からずり落ちて強制バーキン持ちに変換され手しまうのです。

 
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 わたしの肩には、そういうありがたくない機能が搭載されているのです。

 

 仕方なく片手で持つというわけには行きませんよ。地面に引きずってしまいますからね。

 肩に載せるように持つ方法も考えられます。こんな風にね。

 
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 でもこれでは昭和の番長じゃないですか。40歳を過ぎてこの持ち方はさすがにイキリ過ぎだと思うんですよ。この持ち方が出来るのは中2までとす。


 大体、荷物で片手の自由を奪われるのは好きではないんです。いざ敵に襲われた時とかに初動が遅れそうな気がして。


 それであればリュックという手段が有効です。でもリュックは荷物を取り出しにくいのと、自分の回転半径が把握しづらくて、知らない間に誰かの妨げになっていたり攻撃したりしているのが難点なのです。


 そんなわたしが現状、通勤で使っているバックはたすき掛けです。

 
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 これなら肩からずり落ちないし、両手もフリー。加えて荷物も取り出しやすい。最高の形態なのです。


 ただ。惜しむらくは上着を羽織っている時なんですよ。たすき掛けした肩ヒモ、いやショルダーストラップに上着が引っ張られて、なんつーか上着をムヒョムヒョにしてしまうんですね。

 
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 わたしはこれがたまらなく不快でして。何度も何度もムヒョムヒョになった上着を直すのに多大な労力を割いてしまうのです。


 そんなわたしなのですが、ある画期的な解決方法を思いついちまったんですよ。

 

 トートバックですよ。トートバックを買って、片方の肩に掛ければいいんですよ。これですべての問題が解決されるじゃないですか。


 というわけで、先日どこぞの300円ショップで買いました。トートバッグ。

 これで快適な通勤ライフが送れそうな予感がします。

 
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 ・・・・・・。

 これから自分の身に起こる悲劇を思うと、わたくしもう非常に残念でなりませんの。

40歳を過ぎて正しいやり方が分からない。

 例えばの話です。


 テーブルの上にソースをベチャッとこぼしてしまいました。それをティッシュで拭くとして、どういう風に拭きますかって話なんですけど。


 わたしは右から左へソースをすくうようにサッと拭き、ティッシュを折りたたんで再び同じ動作で拭く。これを繰り返します。

 右から左が、左から右になっても上から下になってもそこは問題ではなくて。要するに、ある位置から一方向にのみ動かして拭くということ。往復路で言えば往路のみを何度も繰り返すみたいにね。

 ベチャッとこぼれたソースをティッシュで拭くのに、色鉛筆で色を塗るように左右に何度もシュシュシュッと往復させて拭かないと思うんですよね。そんな事をしてもソースは拭き取れないし、むしろソースでテーブルを磨くみたいな事になってソースが広範囲に広がってしまうと思うんですよ。


 伝わってますかねこの説明で。伝わってくれているといいのですが。

 

 それでですね。ウンコどうやって拭いてます?

 聞いて。取り敢えず聞いて。いやダメだ聞くんだ。ここまで読んだなら最後まで聞くが責務ぞ?


 けっこう真面目な疑問ですよ。ネットでは求める情報がうまく探せなかったんですよ。かと言ってこの疑問を聞けるような友の存在がわたしにはないんです。

 

 トイレに入りますね。タイミング的にすでに個室にいた人のお尻を拭く音が聞こえることがありますね。


 シュッシュッシュッシュッ・・・・・・


 何で? 何でシュッシュしてんのさ。それきっとティッシュをゴシゴシ往復させてる音だよね。拭けるかなそれで。それ自分の肛門に便を塗り拡げていることに相違なくない?


 どうもわたしの周りにはこのシュッシュ派が多いみたいなんですよ。わたしがトイレに入ると個室からこの音が聞こえてくることがすごく多いんです。


 わたしは前から後ろにサッと拭いて、ティッシュを折るか紙を新しく取るかしてから、また前から後ろに拭く。この繰り返しです。ティッシュを前後左右に往復させても綺麗になる気がしないんですよね。


 それとも地主の方なのかしら。トイレットペーパーをモミモミして柔らかくしてから使ってんのかな。


 皆さんからの情報求む。ウソです求めません。だってもうすぐ夜ごはんの時間だから。今日のご飯は何かなぁ。

 

 おっと忘れていた。

 このまま終わってしまっては、40を過ぎたおっさんがウンコの話をしているだけに留まってしまう可能性が80%に達したので、ここで皆さんに耳寄りな情報を開示しましょうか。


 何と、ウンコをした後は肛門の粘膜が裏返って外側に露出しているらしいんですよ。若い人は筋肉が発達しているからすぐに戻るらしいのですが、年をとると放っておいても引っ込んでくれないこともあるんですって。


 その状態でお尻を拭いたりウォシュレットなんかで水をかけてしまうと、粘膜が傷ついて痔をはじめとするその他の病気の原因になるらしいです。

 だからまずはおしりの穴に力を入れて粘膜をしまうか、うまく行かなければ自分の指で押し戻すべきだそうです。もちろんティッシュを介してですよ。

 拭くのもウォシュレットも話は粘膜をしまってからだそうです。


 そしてこれはわたしの予想ですが、何回拭いても便が拭ききれない時って、もしかしたらこの粘膜を何度も拭いてしまっているのかもしれませんね。ちなみにわたしはここ最近その傾向が顕著です。


 結局この情報もウンコ絡みでしたね。読者の方、何人か減っちゃったかな。

カラオケの話はまだ終わりじゃないぞよ。もうちっとだけ続くんじゃ。

 亀仙人のじっちゃんもあのように申しておりますので、すみませんがもう少しだけカラオケの事を書かせてください。


 前回も書いたことですが、わたしはカラオケが嫌いです。ただ、歌うこと自体はものすごく大好きなのです。


 通勤時に一人で道を歩けば、周囲に人がいないことを確認した上で路上ライブが繰り広げられます。最近のお気に入りは『私はピアノ』を甘く切ないバラード調にして歌い上げるというファン垂涎の内容。


 1人で車を運転しようものなら車内はさながら武道館。オーケースタンドアリーナカモーンです。


 家でもよく歌います。それに対して家族から何の反応も得られない場合は、なぜ反応しないのかをこんこんと説教致します。


 それほどまでに歌うことが好きなのに、なぜわたしはカラオケが嫌いなのか。そんな事を書いていますと、そもそもこの日本、いや世界、ひいては宇宙、要するにこのユニバースにおいて、いったい誰がわたしのカラオケ嫌いの理由などを知りたがるのか、躊躇して何度もキーを打つ指が止まってしまいます。しかしそれはそれ、ブログとはこういうものと割り切って続けたいと思います。

 

 カラオケの何が嫌いかを語る上で、少し長くなりますが昔話をさせてください。


 わたしがカラオケに最もハマっていたのは高校生の時でした。その当時は1曲歌うごとに100円を入れる方式で、曲を選ぶとレーザーディスクというでっかいCDみたいのをウィーンガチャガチャと読み込んで始まるのです。


 だから今のように1番だけ歌ってやめるとか、試しに歌ってすぐやめるとかは出来ませんでした。だって途中でやめても最後まで歌いきっても100円ですからね。1曲の価値の重さが違いました。


 歌詞のバックに流れる映像も、やっすい三文芝居みたいなドラマなんです。例えばこんな感じ。


 ボクシングのチャンピオンになることを夢見る彼が、シャドーボクシングをしながら自然豊かな公園を走り、それを自転車に乗った彼女が後ろからメガホンを持って笑顔で応援。そんなシーンから始まります。


 彼がジムで日々練習に励み、顔中を絆創膏だらけにしながら宅配便のバイトをし、減量に苦しみながらも耐える。そんなシーンが次々に流れる合間に、彼女がお寺だか神社だかで懸命にお参りをするシーンが挟み込まれます。


 そして試合の日。リングに向かう彼に彼女が渡したものは、勝利祈願のお守り。彼はそれを受け取り、右手を上げて長い廊下をリングに向かって歩いていきます。かっこいいですね。まぁ負けるんですけどね彼。ボロッボロですよ。ジャイアンに殴られたみたいな顔になってんの。もうチャンピオン強い強ーい。


 舞台は彼の部屋に移りますね。彼は引退を決意したことを彼女に告げるのですが、これまた涙でボロッボロの彼女が「夢を諦めるなんてっ!!」みたいに彼の肩を存分に揺さぶった後、部屋に飾ってあった彼との写真が入った写真立てを床に叩きつけて部屋を飛び出します。


 都合よく降るどしゃ降りの雨。彼女は雨の中を傘もささずに泣きながら歩き、彼は部屋で窓に打ち付ける雨を眺めながら膝を抱えている。

 何気なく彼がポケットに手を入れると、出てきたのは試合前に彼女からもらった勝利祈願のお守り。しばらく眺めた後、フルスイングでゴミ箱に投げます。でも残念。ボクサーもシュートコントロールは良くなかったようです。ゴミ箱には入らず、代わりにお守りの中から折り畳まれた小さな紙がチラッ。

 彼がその紙を開いてみると、丸っこい文字で『夢を追っているあなたが好き。目標に向かってガンバッ!!』みたいなメモが出てきますね。


 さぁ物語はいよいよ佳境に入ってまいりましたよ。彼は不死鳥のごとく甦りましたね。練習練習また練習。雨の日も風の日も。もう今までとは覚悟が違いますよ。自分には応援をしてくれる大切な女性(”ひと”と読みましょう)がいるんですからね。ただ、彼女には会いません。次に彼女に会う時は自分がチャンピオンになってからと決めたのですから。


 そして試合当日。彼は再びチャンピオンに挑みます。前回、彼をボッコボコにした強い強ーいチャンピオンですからね。いくら彼がガンバッて練習したとは言え、その間チャンピオンとてコーラとポテチでサボっていたわけじゃないですから。そんなに簡単に実力差は埋まりませんよ。


 何度も何度も倒れてフラフラになり、精魂尽き果てて膝から崩れ落ちそうになったまさにその時、割れんばかりの観客の声の中から、何故か聞き分けられるんですな、彼女の「頑張って!!」の声が。聴力スッゴ。


 彼は最後の力を振り絞って膝に力を入れ、伸び上がるようにしてチャンピオンのアゴに凄烈なアッパーカットを打ち込むのです。そして新チャンピオンの誕生。

 控室に続く廊下の途中で待っていたのは彼女。満身創痍の彼はゆっくりとゆっくりと彼女に近づき、彼女を抱きしめます。


 場面は彼の部屋に変わります。以前に彼女が投げて壊した写真立ては新しくなり、中には彼と、少しお腹の大きくなった彼女が写っている写真が。やることやってたんですね二人とも。

 

 と、こんな感じの映像がですね。アリスの『チャンピオン』とか、ZARDの『負けないで』とかで流れるんだったら良いんですけど、比較的節操なく無差別的にどんな曲の時でも流れて来たりしたんですよ。わたしの記憶では織田裕二さんの『歌えなかったラブソング』の時ですらこの映像でしたからね。わたしのなけなしの100円に何してくれてんですかレーザーカラオケは。


 それからですよ。カラオケが大キライになったのは。

 

 

 なワケないんですよね。今までの昔話は、わたしがカラオケを嫌いな理由とは全くの無関係ですごめんなさぁい。

 カラオケが嫌いな理由は、人前で歌うのが恥ずかしいからでぇす。


 高校生の時は親しい友達とだから恥ずかしくなかったんですよ。でも人間関係が広がってくると、それほど親しくない人達とカラオケに行くことも増えますね。それってやっぱり気の置けない仲間と行くカラオケとはぜんぜん違うんですよ。楽しいは楽しいんですけど、なんか失敗できないプレッシャーを勝手に感じてしまうんです。


 プレッシャーという意味では奥さんとカラオケに行く時も同じでして。やっぱり何年経っても奥さんの前ではカッコつけたいという気持ちが働きますから。誰と行くよりも奥さんと行く方が一番緊張するかもしれません。


 だから正確にはカラオケが嫌いなんじゃなくて苦手だったんですね。


 そんなわたしが欲求を満たすには『ヒトカラ一人カラオケ)』ってのが一番適しているんですよ。でもちょっと抵抗あるのも事実なんですよね。

 だから1人で入らず、奥さんと一緒に入れば良いんですね。そして部屋まで先に歩いてもらって、部屋に入るなり首筋に「ていっ!!」ってやるんですね。そしたらソファに静かに横たわらせて、あとは1人で存分に歌えばいいのかな。

 目を覚ましかけたら今度はボディに一発いいのをお見舞すればいいしね。


 いつかチャレンジしてみたいですね。ヒトカラ


 最後に、去年家族でカラオケに行った時に叩き出した最高得点です。


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 なかなかやるでしょ?でも若い時にほぼ100%の確立で90点以上を叩き出していたB'zの『LADY NAVIGATION』は75点くらいでした。

にょい。

 先日の記事でも触れましたように、わたしはカラオケで『冬のリヴィエラ』を歌うことを目下の目標としております。

 すでに歌詞もメロディも完璧に近いくらいに覚えていますので、いつチャンスが来ても問題なく歌うことが可能でしょう。


 自分で言うのも全然憚られないんですけど、わたしは決して歌が下手な方ではないんですね。人並み程度の歌唱力はあります。

 でも冬のリヴィエラを上手に歌える自信があるかと聞かれたら、イマイチ自信がないんですなこれが。理由は2つ。


 一つは『♪皮のコートのボタンひとつ〜』のくだりで吹き出してしまいそうだから。


 もう一つの理由は、わたしの力量が足りないから。

 歌詞に重く深い意味があればあるほど、上手に歌うためには歌う側の力量が必要だと思うのですよ。この場合の上手とか力量というのは歌唱力やテクニックのことではなく、何というか、その人の人間性というか深みというか歴史というか。


 わたしは石原裕次郎さんの『わが人生に悔いなし』という歌が大好きで、一度カラオケで歌ったことがあります。30代前半の頃だったと思います。

 間違えずにソツなく歌えたんですけど、歌いながら自分自身がものすごくシラケてしまって。それっておそらくは歌詞が原因だったんですよね。


♪たった一つの星を頼りに はるばる遠くへ来たもんだ


♪親にもらった体一つで 戦い続けた気持ち良さ


♪長かろうと短かろうと わが人生に悔いはない


 はるばる遠くへって言われても、まだどこかに辿り着いた実感は無かったし、体一つで戦い続けた覚えもなかった。まして30ちょいの若造がこんなふうに自分の人生を振り返って達観できるわけがない。


 わたしはこの歌を歌えるほどの何かを持っていないんだと痛感しましたね。

 以来この歌は封印しています。この先、わたしがこの歌を歌うにふさわしい境地まで達するかは怪しいところではありますが、いつか歌えるその日を夢見て、悔いのない人生を歩んでゆく所存にございますれば。


 わたしが若い頃、『SPEED』という小・中学生の少女たちで構成された4人組のダンス&ボーカルグループがありました。

 その子たちが愛の尊さや人生の儚さを歌うんですけど、その当時はわたしだって正直「いやキミら何も知らんでしよ?」とか思ってしまいましたからね。


♪甘い恋のかけひきは 言葉だけじゃ足りないから


 いや、キミら小中学生に言葉以外の手段で恋の駆け引きなぞされてたまるかよ。

 

♪同じステップの毎日じゃ生きてる事さえ忘れちゃう それじゃ張りがない


 いや取り敢えず義務教育だしね。家と学校と塾という同じステップの毎日を生きるのは、ある程度しょうがないんじゃないのかなぁ。


 我ながら意地の悪い大人でした。今はそんなこと思いませんよ。それにSPEEDのみんなは歌もダンスも上手だったので、実力が余計なものを全部ねじ伏せてしまいましたね。


 そう言えばSPEEDの曲の中に『my graduation』という名曲があるんですけど、その中の歌詞にどうしても笑ってしまう部分があるんですよ。


♪笑いころげたVoice 瞳のTruth コロンのにおい 待ち合わせした店


 『コロンのにおい』←コイツが犯人。ここの歌詞はリズムが早いので実際は『コロンのにょい』って聞こえるんですよ。にょい。にょいって。ニョイかぁー。これまで40年以上生きてきて、それこそいろんな言葉を口にしてきたけど『にょい』なんて口から発したことはたぶん一度たりともないなぁ。強いて言えば如意棒くらいかな。


 かと言って、素人のわたしが何か対案を考えられるかと言えば、それは難しい。やはりプロはすごいってことでしょうね。それに名曲には違いないですこの曲は。

 

 と、これまでカラオケに対する思いなどを語ってまいりましたが、わたしはカラオケが大キライです。


 それでは今日はこのへんで失礼いたします。