俺があいつを見返す日。

ある一言をきっかけに、ある人物を見返すきっかけとして立ち上げました。日々のことから夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも掲載します。

別れた後のギャップがすごい。

わたしはいつも電車の中で、ドア横の三角コーナーに立っています。

昨日もいつもと変わらずそこにいたら、ある駅で20代前半くらいのカップルが乗ってきて私の前に陣取りました。

別に何をされたわけでもないんですけどね。ただ会話がムチャクチャに甘いんですな。

彼女が「あーぁ、このままずっと○○と一緒にいたいな」みたいなことを言えば、彼が「よしよし、すぐに会えるからねぇ」なんてアタマを撫でたりして。撫でられた彼女が「にゃーん」とか言って。

そんで彼女が急に「あーっ!! △△(自分の名前)と離れられて嬉しいんでしょ!」なんてスネて見せれば、すかさず彼が「バーカそんなわけないじゃん」つってまたアタマを撫でる。そんで彼女が「にゃーん」ですわ。これマジですからね。

いやバカにはしてませんよ。微笑ましいだけ。それにこんなことを言ってはなんだけど、そんな甘いセリフを言っても差し支えないくらいにはお二人とも容姿が整っていましたしね。ただ2回目の「にゃーん」は正直イラッとしましたけど。

さぁ。そんな甘い二人にも、いや、そんな甘い二人だからこそ、時間と距離は容赦なく二人を引き裂きます。電車は彼女が降りる駅に到着しました。

二人はわたしに背を向けて出口に向かい、何やら愛の言葉をささやき合って別れを惜しんでいました。

彼女は後ろ髪を引かれるように電車を降ります。彼の表情は見えませんが、その背中からは深い悲しみが感じて取れます。

電車が動き出しても二人は手を振り合っていました。互いの姿が見えなくなるまでずっと。

 

車内に残された彼が手を振るのをやめました。きっと彼女が見えなくなったのでしょう。そしておもむろに肩に掛けていたリュックに手を突っ込み、しばらく何やらガサガサさせたあと、コンビニのおにぎりを取り出して食べはじめました。

オイ彼。ついさっきまで、まるで今生の別れかと思うくらいの切ない別れ方をしておきながら、その直後に食えるもんかねコンビニのおにぎりを。

何というかもう少しね。彼女の姿が見えなくなってから、窓の外を眺めたりして物思いにふける時間をじゅうぶんに堪能してから食いなさいよおにぎりを。

絶対「ずっと食いたい」と思ってたよね? 彼女と別れたらソッコー食おうと心に決めていたよね? ていうかむしろコイツ(彼女)早く帰んねえかな、くらいには思ってたよね? じゃないとあの亜光速でのおにぎりイーティングは実現不可能だぜ?

わたしを含め、君たちの周りにいた人たちは見てんのよ。君らが繰り広げていた甘い甘い『君たちワールド』をさ。文句の一つも言わずに見守ってきた身として言わせてもらえればね、こちらサイドの心の折り合いも少しは考えてもらわないと。もはや君たち二人の問題ではなく、我々の納得が必要な事態にまで発展しちゃってんだから。

おにぎりはダメよ。

映画レビュー 『天使のくれた時間』

わたしの映画好きのピークは90年代後半からの10年間くらいなので、観た作品とか知っている俳優さんの情報がちょっと古いです。だからっつーか、今回レビューするこの作品も公開は2000年、主演はニコラス・ケイジさんです。

実はかなり前に観た作品ですけど、改めて観たんです。これ。

天使のくれた時間 [Blu-ray]

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ちょっとだけネタバレしますね。あらすじに書いてあるレベルですけど。

大手金融会社の社長として大成功をおさめていたニコラス演じるジャックが、ある不思議なきっかけで恋人と別れなかったパターンの庶民的な生活をすることになった。その生活を通してジャックは本当に大切だったのは愛だと気づくが……。

みたいなストーリーなんですけど、でもちょっと待って? ジャック、別に成功した自分の人生になんら不満はなさそうだったぜ? まさに最高の人生を謳歌していたのに、突然ヘンテコなきっかけで昔の恋人とのif世界を体験することになっちゃって。そりゃ愛の尊さに気がついたんだろうけどさ。そもそも何もなければ心を惑わされることなく人生謳歌を継続できていたわけでしょう? 何もなければなんて言っちゃうとこの映画の核となる設定が完全な蛇足になっちゃうんだけどね。

それにね。本当の愛に気づけるのは、下地に大成功した人生があってのことじゃないかな。いつも高級レストランで最高級のステーキを食っている金持ちが、ひょんなことから行くことになった大衆酒場で食ったホルモンの美味しさに感動しちゃうのと同じ。『こんなに美味しいものがあったんだ!』なんつって。

あるいは、いつもコンクリートジャングル(笑)で都会で生活している人が、自然豊かな場所に行って「あーやっぱり田舎っていいな!」とかほざくアレ。

いや違うぜ? 変わらない日常があってこその非日常だからね。毎日ホルモン食ってたら、そのうち最高級ステーキが恋しくなるんだから。あなたのいう田舎で毎日を過ごしたら、3日くらいで都会が恋しくなるんだから。

逆にね。いっつもホルモンばっかり食べている人が、ひょんなことから高級レストランで最高級ステーキを食べても、やっぱりその美味しさに気づくのよ。自然豊かな環境に暮らしている人が都会に来れば「都会いいわー!」ってなるかもしれないよ。でもこのパターンは絶対美談にならないね。なんでだろう。

 

なんか長々と書きましたけど、わたしは好きなんですよこの映画。だからまた観たんだし。

それにこの作品の真の見どころは、ティア・レオーニさんのかわいさと、ニコラス・ケイジさんの戸惑い顔です。ニコ、大いに戸惑ってましたよ劇中で。最高。わたしの中でニコは『戸惑わせる演技をさせたら世界一』の俳優さんですからね。もうデフォルトで顔が戸惑ってるしね。

ニコラス・ケイジさんの戸惑い顔をお腹いっぱい眺めることができる。

『天使のくれた時間』はそんな映画でした。

エレファントカシマシが思ったよりもサンシャイン池崎だった。

エレファントカシマシさんです。たまたまアルバムを聴く機会がありまして。

タイトルのまんまです。わたしが聴いた中では『男は行く』って曲がサンシャイン池崎さんが歌っているようにしか聞こえませんでした。アルバムではなくyoutubeの動画ですけどこれ。

一旦そう思ったら聴く曲すべてがサンシャイン一色に染まってしまいまして。笑えてきちゃったので電車の中だったし聴くのをやめました。それ以来、エレファントカシマシさんのアルバムは聴いていません。

 

そもそもなぜアルバムを聴くことになったかというと、この人たちに興味があったんです。声が魅力的だし、作られる曲もなんか自分の好きそうな感じかもって昔から思っていたので。

ただ、今までこの人たちの曲はあまり聴いたことがなくて。『今宵の月のように』のようなメジャーな曲くらいは知っていたんですけど。

 

エレファントカシマシサンシャイン池崎説のフォローをするわけではないですけど、ちゃんと聴き込めば、ハマるレベルで絶対好きになりそうな気はしました。

サンシャイン池崎さんのブームが一段落したころを見計らって、もう一度聞いてみようかと。

次女を叱ったら日本酒ロックってなんだろう。

次女(8)が、なんか自分の思い通りにならないことがあると、露骨にふてくされたような、イヤーな感じの顔をするようになった。頻繁に。

それがわたしは気に入らなくて。だから都度注意をする。

「ふてくされるとはどういう了見か。この世の中、お前の思い通りになることばかりではない。希望が叶わず残念がるのであれば慰めもするが、そんな態度をしていても何も得られるものはないぞ。そんなことも分からないのか?」

分からねえんだよバーカ分からねぇっつーの。だって相手はたかだか8年しか生きていない少女だぜ。分からなくて当たり前なのよ。

ウチは長女(11)がおっとりした性格で物分りもいい方なので、つい次女(8)のことも同じ目線で見てしまう。これではいけない。40歳を超えても上手くできないことだらけなのに。8歳の少女に見合った目線で考えないと。

 

昨日の夜もそれで次女を叱ってしまい、相変わらずの親としての無能を嘆き、お酒に逃げた。

少しだけ残っていた日本酒を飲んでしまおうと思ったが、ぬるかったのでグラスに氷を入れてロックで飲んだ。
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何気なく初めてやってみたけど、うめえ。

少し気持ちが晴れた。頑張ろう。

 

映画レビュー『珍遊記』

今日のレビュー作品は『珍遊記』。これ。

 

珍遊記 [DVD]

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昔、わたしがまだ少年ジャンプを読んでいた時代のマンガが原作です。これ。

 

 

とにかくくだらないですからこのマンガ。ハゲ坊主が鼻水とよだれ垂らした絵が表紙で、背表紙のナンバリング部分がウンコですからね。くだらなくない訳がない。そんなマンガを原作にするこの映画も予想に反することなくくだらないです。

わたしは好きでしたよ。原作も主演の松山ケンイチさんも好きですからね。でも他の方のレビューなんかを拝見すると、結構な割合で『クソ映画』って評が目立ちます。

否定はしません。しませんけど、分かってたでしょ? って思ったりもしますね。この映画の公開前、まさか作品性に重きを置いたヒューマンドラマだとか、爽快感抜群のアクションだと思います? 思わないですよね。この映画がくだらないというのは観る前から分かっていたはずなわけですから、自分からオナラを嗅ぎに行っておきながら「臭ぇなこの野郎!!」ってのと一緒だからね。分かってたでしょそれはっていうね。

 

というわけで、松山ケンイチさんのケツ超キレイ。

珍遊記はそんな映画でした。

映画レビュー 『インサイドヘッド』

わたしは映画が好きです。映画通を自称するには憚られるけど、無作為に集めた100人の中で30位になれるくらいには映画好き。

そんなわたしは、なんだか突然に『映画レビュー』などしてみようかと思いました。

苦手なんですけどね、レビュー。どうしてもネタバレになっちゃうし、そもそも何かを語れるくらいに深く考えて映画を観ちゃいないですからね。まぁでもやってみます。

内容を細かくレビューするつもりはないけど、それでもレビューするからには多少のネタバレは致し方ないので、読み進めていただける方はその辺をご理解ください。

 

さて。第一回目のレビュー作品は、前回記事からのつながりで『インサイドヘッド』にします。これ。

 

いつもどんな時でも笑っていられるのはスゴイことだけど、いつもどんな時でも笑っていなければいけないのだとしたら、それは耐え難い苦痛でしょうね。

自分が笑うと周りのみんなが喜ぶし、時には褒められちゃったりするからね。私が笑っていればみんなが喜ぶ。だから私は笑っていようって思っちゃってもおかしくはないです。

でもそういう人がいたとしたら、その人は笑うこと以外は許されない抑圧された状況に身を置いているということです。それはやっぱり不自然ではないかな。

シアワセと不シアワセの関係がそうであるように感情も相対的なものでしょう。カナシミがあるからヨロコビを感じることができるのであって、もし喜怒哀楽のどれか一つしか表に出していないのだとしたら、それはもう無表情と一緒なんじゃないかな。

 

四天王のうち一人しか頑張っていなかったら、ボスやられちゃうでしょ。四神のうち青龍しかいなかったら、なんか都とかやばいし。四部合唱でバスだけ頑張っていても、お経みたいでキモいでしょ。

いや何が言いたいかって、やっぱり喜怒哀楽、4つ揃ってこそ自然な形ではないかと。

例えば「昨日なに食べた?」って聞かれて「食べ物」って答える人はいないでしょう。肉や魚や野菜など、いろんなものの中から選んで食べるわけです。だから肉を食べた人は「肉食べた」って答える。でも365日肉ばっかり食べている人だったら、そういう人に「昨日なに食べた?」って聞いてもいっつも「肉」って答えますね。そうなったらもう『肉』とかじゃないよね。いつ聞いても「肉」って答えるんだからそれはもはや肉とかではなく「食べ物」でいいよね。それと同じ。

いったい何を言っているんだわたしは。なんだ「それと同じ」って。

例えばマグロばっか食ってる人がいたとするじゃない。他にカツオとかタイとかサンマやイワシ、いろんな魚があるのに四六時中マグロばっか食ってんの。それはもはやマグロじゃなく「経口摂取する何か」でいいよね。

おいおい混迷の様相を呈してきやがったぞ。ヤバイ収集つかなくなった。第一回目にして企画だおレビュー。フフ。フフフ。

 

だからね。わたしがこの映画を観て思ったことは「喜怒哀楽感情を出していこうぜヘーイ!!」ってことですね。

いつの間にか笑うことを義務付けられた子どもがいて、それを知らない間に親が強いていたとしたら怖ろしいね。気をつけようね。

インサイドヘッドはそんな映画でした。

大体の映画って家で観た方が面白いんじゃないかなと思ったけど。

こないだテレビで『インサイドヘッド』っていう映画がやってましてね。家族みんなで観ました。これ。

 

ディズニーのCGアニメです。内容には触れませんが、すごく面白かった。

でもおかしいんです。この映画、公開当時に家族で映画館に観に行ったんだけど、その時は全然面白くないって感じたのを覚えているんです。

なのになんで今回は面白かったんだろうって考えたんですけど、きっと家族全員であーだこーだとしゃべりながら気楽に観ていたからだと思うんですね。

コミカルなシーンでは周りを気にすることなく大声で笑い、危険なシーンでは「危ない!!」とか「いま危なかったねー!」とか言い合ったりしてね。それがいいんだな。テレビのバラエティ番組を映画館で観ていたら、きっとあんまり面白くないもんな。

 

あ、違うか。家で観るというより、家族みんなで観ているから面白いのか? さらに言うなら、映画を家族みんなで観ることができるこの環境だから面白いのか?

わたしがもし独身だったら、家で一緒に映画を観る友人など皆無であったことは確実。その状況でもわたしは『映画は家で観るべきだ』などと言うのかな。

いいや。よく分かんなくなったからもうやめよう。