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俺があいつを見返す日。

ある一言をきっかけに、ある人物を見返すきっかけとして立ち上げました。日々のことから夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも掲載します。

わたしの心を乱した落し物。

以前、通勤途中の道端にジャック・オー・ランタンの入れ物が置いてあったという記事を書いたことがある。

試される常識。 - 俺があいつを見返す日。

試される常識(完)。 - 俺があいつを見返す日。

「入れ物の中身を想像して勝手にビビる」という内容の記事だったが、数年前にも似たようなことがあった。今回はその時の話を書きたいと思う。
なお、記事の文体がいつもの敬体から常体に変わっているが、内容や気分で書き分けているだけであり、書いているのは正真正銘いつもの「わたし」であることを予めお伝えしておく。

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出勤のために家を出てすぐ、道の真ん中に何かが落ちていることに気がついた。近づいてみると、赤いスケルトンケースのUSBメモリだった。

私は5秒ほどはその場に立ち止まっていたが、すぐに駅に向かって歩きはじめた。
落ちていたものがサイフやケータイならば、おそらく拾って交番に届けただろう。あるいは新たな恋の芽生えるチャンスと判断できたなら、私みずから届けに行ったのかもしれない。

だが落ちているものはUSBメモリだ。どうせ保存されているデータも大したことはない。せいぜいエロ画像、良くて会議で発表するプレゼン資料といったところだろう。
それにこんなものを交番に届けても絶対に面倒がられるだけだ。とうてい拾得する気にはなれない。
落とし主には申し訳ないが見て見ぬふりをすることにした。別に落とし物を拾わなかったとて罰せられる法があるわけではない。

しかしふと考えた。考えてしまったのだ。
もしかしたらとても大切なデータが保存されているのではなかろうか? エロ画像などではなく会社の重要機密データだったらどうする? いまごろ落とし主はこのUSBメモリを探して駆けずり回っているのではないか?
私がここで見て見ぬふりをすることで、誰かひとりの、あるいは関連する人々の人生を狂わせてしまうかもしれない。私はその重圧に耐えられるのか耐えられないのかどっちなんだい!?

気がつくと私は現場に戻り、USBメモリを握りしめていた。重圧に耐えられなかったらしい。
とにかく一度拾ってしまったからにはもう後戻りは出来ない。このまま交番まで行って届けるんだ。
そう決心して歩きはじめたすぐ後、また別の考えが頭をよぎった。

もしかしたらコレ、ヤヴァいデータなんじゃねぇか……?
中のデータに違法性がないとどうして言い切れる? そもそもこのUSBメモリ自体がどこかの研究施設から盗まれたものだとしたら、 私がこれを交番に届けたことであらぬ嫌疑を掛けられるかもしれないぞ。
嫌疑が掛かるだけならまだしも、もしこれを探しているのが闇に暗躍する国際的犯罪シンジケートだったら? 国家を揺るがす一大スキャンダルに私が巻き込まれるのか? しがない中小企業勤めで200円のブリトーを買うのもためらうこの私が!?

ダメだ……。こんなものは今すぐに手放さなければ。
考えながらしばらく歩いてきてしまったので、USBメモリを拾った現場からは少し遠くなっていた。
私は今までの人生でこれほどのキレを見せたことはないほど鋭く踵を返し、現場に向かって来た道を引き返した。

いや待て。ちょっと待って!!
もしこのUSBメモリGPS追跡機能が付いていたらどうする? いまこうしている間にも、国際的犯罪シンジケートから放たれた刺客が私のもとに向かっているかもしれない。
いまから戻って間に合うか……? 現場まで5分は掛かるぞ?

とあるマンションの前で右往左往していると、目の前に花壇があった。私はUSBメモリの端子側を、そっと花壇の土に挿してみた。
土から伸びた赤いスケルトンケースは、まるで春の訪れを待ちわびていたツクシのように、控えめに、でもどこか自信ありげにそそり立っていたのでした。
「いたのでした」じゃねぇ! なぜ挿す花壇に! 何をしているんだ私は!!
すぐさまUSBメモリを土から抜き取り、端子を息でフーフーしながら早足で拾得現場に戻った私は、誰もいないことを確認して元の場所にUSBメモリを置いた。

周囲はまるで何事もなかったかのように静寂に包まれていた。
きっと私より楽観主義な誰かが見つけてくれるはず。その人が善人ならUSBメモリは落とし主に戻ることだろう。私は悪人に拾われたり車に轢かれたりしないことを心から祈った。

憑き物が落ちた私の心と足取りはとても軽かった。
いつもより遅れてしまったので少し早足で駅に向かいながら、私はこんなことを考えていた。

国際的犯罪シンジケートは、赤いスケルトンケースのUSBメモリなんて使わないだろうな。

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