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俺があいつを見返す日。

ある一言をきっかけに、ある人物を見返すきっかけとして立ち上げました。日々のことから夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも掲載します。

分かりやすく伝える努力は必要と思う。

こども 子育て エッセイ

我が家では、わたしの思考が停止することを「耳がパタッとなる」と形容します。

ではどんな時に耳がパタッとなるかというと、誰かの話を聞いている時です。

話の中でちょっと疑問に思うことがあると、そこで思考が停止してしまうんです。

正確には思考停止ではなく、抱いた疑問に頭の中が支配され、その後の話がいっさい耳に入ってこなくなってしまうんです。まさに耳がパタッと閉じたようにね。

 

例えば先日、奥さんがしてくれたこんな話。

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今日、自分が働いているレストランのお客さんに、おじいさんとおばあさんとおばさんの3人組が来た。
そのおじいさんから奥さんの対応が「上品だね」「丁寧だね」と言われて嬉しかった。
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この話を奥さんが「おじいさんとね……」と話し始めたもんだから、もういきなり耳がパタッですよ。

待って。まず待って。

それいつの話なの? 今日なの? 昨日なの? それとも未来の話をしてんの?

どこでの出来事なの? 仕事先なの? 買い物先なの? それともテレビの中の話なの?

そんでおじいさんってなんなの? 初老なの? ヨボヨボなの? そもそもそれ本当におじいさんなの? おじいさんに見えるおばあさんじゃないの?

このように「おじいさん」と聞いただけで、これだけのことが頭の中を支配してしまうんです。

 

いや、わたしとて人並みの理解力はあるつもりですからね。足りない情報を脳内で補完して理解することもできますよ。

でもわたしは脳内補完はしません。というより「したくない」んだと思います。

聞き手に脳内補完をさせるということは、それが意図的なものでない限りは話の構成に何らかの問題があるということでしょう?

プロじゃないから完璧な話術などわたし自身もできませんけど、でもやっぱり分かりやすく人に伝えるという努力は怠りたくないじゃないですか。

特に娘たちに対しては強くそう思うんです。

そしてそのためには聞き手が都合よく脳内補完をしすぎるべきではないんです。

 だから奥さんや娘たちの話を聞いている時、足りない情報があって、仮にそれが脳内補完可能でも絶対に補完しません「分からなーい最初から説明してー(坂上忍風)」を繰り返します。

逆に自分が話し手の時に、いまいちうまく伝わってないなって思った時は、最初から話をしなおしたりします。

 

ウザいですね? ムカつくでしょ? そうなんです。一事が万事、超ウザいんですよわたし。自分でもそう思いますもん。よく離婚されないなと思うくらい。

娘たちがもう少し大きくなったら、かなりの高確率で口聞いてもらえなくなる恐れがあります。

でもやめません。行くしかない、この道を。