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俺があいつを見返す日。

ある一言をきっかけに、ある人物を見返すきっかけとして立ち上げました。日々のことから夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも掲載します。

今が見えなくなっていた話。

20代の頃ってムダに前しか向いてなかったんですよね。これって「これからの人」だったからだと思うんです。
前途洋々でしたから。自分の前には無限の可能性があると思っていましたし、がんばれば何にでもなれると思っていましたした。

自分の将来をいろいろ想像しましたしね。

あるわたしはエッセイストになっていて、大人気とは言えないけど熱狂的なファンの方々に支えられて充実した執筆活動をしていましたし。

あるわたしは俳優になっていて、見た目的には主役向きではないけど「稀代の怪優」と評されるような名脇役になっていましたし。

またあるわたしは、女子校の前を偶然通りかかり、黒ずくめの悪者たちに襲われている婦女子を助けるジャッキー・チェンのような正義の味方になっていました。


でも人間も40を越えますとね。後ろを振り返る時間が圧倒的に増えるんですよ。感覚的に自分がもうすでに「これからの人」ではないことに気付くんでしょうねぇ。

俺はいったい何をしてきたのだろう?
そして何者になれたのだろう?
してきたことに間違いはなかったのか?
あの時こうしておけば良かったのではないか?

カラダもガタが出てくるし、更年期からか精神も安定しなかったり。40年も生きていればお天道様に顔向けできないことの一つや二つありますし。
単純にネガティブだっていうハナシでもないんですよね。こういう年齢なんだと思います。きっとね。

そう考えると、30代が心身ともに一番安定していましたね。

それにしても孔子の野郎。「四十にして惑わず」とかほざいてるけど、すげえなあいつ。さすがは儒教の始祖、わたしムリだわ。


さて先日。
わたしが仕事に行くために家を出るとき、奥さんと娘たち(10歳と7歳)がお出掛けのチュウをしてくれ、手を振ってお見送りしてくれました。
奥さんは毎日そうしてくれますけど、娘たちも結構な頻度でこうしてくれるんですよね。

わたしが家を出るのは6時20分。本来なら娘たちは夢の中にいる時間ですよ。
それなのにわざわざ眠い目をこすりながら起きてきて、チュウもして、寒いのにドアの外まで出てずっと手を振ってくれるんです。

これに気付かんようではダメですね。後ろばっかり振り返っていてはだめだと。それこそわたしは何をしていたんだと。
こんなに近くにこんな大きな幸せがあることに気が付かなくてはね。
そしてこの大きな幸せが、これまでの自分がしてきたことの結果だと自信を持たなくてはね。