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俺があいつを見返す日。

ある一言をきっかけに、ある人物を見返すきっかけとして立ち上げました。日々のことから夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも掲載します。

写真は撮らない。

わたしの日常の行動範囲からは、だいたいスカイツリーが見えます。

毎日の通勤電車の中からもスカイツリーが見えるんですけど、一年くらい前、その横にクッキリと大きな富士山が見えることに気が付いたんです。空気の澄んでいる冬の間だけでしょうけどね。

けっこう見事な景色だから家族にも見せてあげたいなって思うほど。

でも写真は撮りません。


私が勤めている会社は郊外にあります。
バスを降りてから会社まで15分ほど歩くんですけど、その道すがらで竹林が続くエリアがあるんです。

その竹林の途中、ほんの少しだけひらけた場所があって、そこに梅の木があるんです。

ちょうど今の季節に花を咲かせていて。それまで緑一色だった景色に白い梅の花がとても映えるんです。
わたしの家族にも見せてあげたいくらい。

でも写真は撮りません。

 

わたしは写真を撮らないんです。それが心に響けば響くほど、逆に写真を撮りたくなくなる。

写真って良くも悪くも「真を写す」でしょう?
わたしが美しいと思って心を動かされた景色も、写真に撮った瞬間にただの「スカイツリーと富士山」「竹林と梅の木」になっちゃうんです。

仮にそれを家族に見せても絶対伝わんないんですよ。「ふーん」で終わっちゃうんです。
うまく言えないですけど、なんかその時の「空気感」みたのが写真には写らない。

写真になった瞬間に、それはもうとてもチープなものになってしまう感じがして。自分が感じたものはもうそこにないんです。
プロ級の腕があればいいとか、そういう問題ではないんだな、きっと。


だから家族には話して聞かせるんです。その時の光景やそれを見た時の自分の気持ちなんかを、それはもう大げさなくらいに。

多少誇張が入ってもいい。思いっきり美化するんです。
目的はその景色を見せることじゃなくて、私が感じた気持ちの共有なんです。

そうなるともう写真は邪魔でしかないんです。大げさに誇張したり美化できなくなりますからね。