俺があいつを見返す日。

ある一言をきっかけに、ある人物を見返すきっかけとして立ち上げました。日々のことから夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも掲載します。

自ら我が子を危険に晒すような教えをしているヤツが親と呼べるかよ。

昨日の夕方。家路の途中の話なんですけどね。

わたしが歩く進行方向の少し先に踏切があったんです。

その踏切に赤いランプが灯って、カンカン鳴る音が聞こえて、閉まり始めるバーが見える。わたしと踏切との距離感はそんな感じ。

それで。
いまにも閉まり切ろうかというところまでバーが下がった時、幼稚園児くらいの女の子と手を繋いだ女性がバーを押し上げて踏切から現れたんです。
そのすぐ後に、今度は小学5、6年生くらいの男の子がまたしてもバーを押し上げて現れました。
おそらくはこの3人は親子でしょう。

わたしにとってはそれだけでも信じられないことなんだけど、その親子とすれ違う時に聞こえてきた会話が、もっと信じられなくて。


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男子「いま踏切ギリじゃなかった?」

母親「カンカン鳴っても電車はすぐ来ないの。電車が来るまでは少し余裕があるから、その間に渡っちゃった方がいいんだよ。」

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あのね……。何だったら鈴木雅之さん呼んで来たっていいんだよ?
でも彼もそれなりに忙しいだろうし。わたしは彼と知り合いでも何でもないからそもそも呼べないけど。
でもね。

 

 

違う、そうじゃない

 

違うよ。

あなたがお子さんに教えるべきは、踏切が閉まり始めてから電車が来るまでの余裕ではなく、踏切をひとつ待てる心の余裕ですよ。

なんでカンカン鳴り始めてから走りだすかなぁ?
その踏切を一回待つだけで、あなたの人生にどれほどの多大な影響を与えるのよ?

おそらくだよ? おそらくだけど何にも変わんないぜ? せいぜい目的地に到着するのが1分、多くても数分遅れるくらいのものだぜ。

その数分が事態を大きく左右するというのなら、そもそもの行動に余裕を持ちなさいよ。数分早く家を出なさいよ。

何なの? 渋谷で5時に待ち合わせでもしてんの?


前にこの踏切でこんなことがありました。

わたしが踏切を渡ったあと、女の子の「あっ!!」って声が聞こえてきたんです。

振り返って踏切を見ると、自転車を押したおじいさんが、踏切のバーが閉まって通れなくなってたんですね。
きっとバーが閉まるまでの時間とご自分のヨボヨボ具合との見積もりがうまくいかなかったんだな。

急いで引き返して閉まっていたバーを上げたのでおじいさんは通れましたけど、それなりに際どいタイミングだったと思います。


わたしが言いたいのは、わたしのこの慈愛に満ち勇気に溢れた英雄的な行為を自慢したいのではなくて。

もう少し危険を予測しなよってことです。途中で子どもが転ぶとか、その拍子に足が線路にハマっちゃうとか、何か持ち物を落とすとかね。

その数分で得られるものと失うかもしれないものを秤に掛けなよってことです。

自他共に認める短気なわたしが言うんだからね。