俺があいつを見返す日。

ある一言をきっかけに、ある人物を見返すきっかけとして立ち上げました。日々のことから夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも掲載します。

目指すなら、100点より、100%。

「目指すなら、100点より、100%。」

東京海上日動さんの広告です。きょう電車の中で見ました。

この広告が目に入った瞬間、しばらく見入ってしまいました。感心したとか琴線に触れたとかじゃないですよ。違和感を感じたからです。

「挑戦する人の保険」だそうなので、この言葉の意味、わたしは「結果より全力で取り組むことが大切」と認識しましたがどうでしょう。違うのかな。まぁそうだとしましょう。だってそうしないと話が進まないんだもの。

保険会社ですよね、東京海上日動さんって。「お金払えるかどうか分かんないけど、ウチら全力を尽くすぜ!! 」ってこと? そんな「行くぜピカチュウ!!」みたいなノリで言われんのヤダな。意図はどうあれ、保険会社の広告にはそぐわないような気がする。

 

そもそも論でこれはどうなんだろう? わたしはこの言葉をそのまま娘たちに「父の教え」として伝えられるのか?

「お父さん。わたし今度のテスト100点は目指さない。50点を目標にする。そして50点を取るために全力でガンバる!!」って長女(10)に言われたら、この父は果たして納得できるのか?

50点を取るための全力って何だ? よく分からないな。そこは100点を目指してこそ全力じゃないの? それに本来70点くらい取れる実力がある人だったら、50点を取るとか逆に難儀じゃん。

いやでも待てよ? 達成できない目標を掲げることに意味はあるのか? 例えば成長した長女が、数学が苦手でいつもテストでは30点くらいしか取れないのに、高校の入試で突然「わたしは数学のテストで100点を取る!!」って言い出したらどうするだろう?

「バカやめとけ」って言っちゃうかも。数学のテストで100点を取ることに労力を費やした結果、他の科目の点数が軒並み低くなりそう。そして桜が散りそう。そして泣いちゃう!!

 

ということはアレか? ムリして100点を目指さなくていいから、自分の持てる力の範囲で最大限頑張んなさいよってこと?

えぇー? そうなの?

オリンピックあるでしょう? 陸上の100メートル走で日本人が金メダルを取るのは、今のところ事実上不可能でしょう?でもだからといって出場選手が「目指すは銅メダルです!  それ以外は考えていません! 銅メダルに向かって全力を尽くしますので皆さん応援願います!!」って言ったら、なんだか妙に気持ちの折り合いが付かないぞ。

完全にこちら側の勝手なんだけど、目指すは金。それに全力で立ち向かって結果が銅。この流れが欲しい。

 

ということは、やはり目標は達成不可能だとしても限りなく大きく高く有るべきなのか?

限りなく大きな目標……。

例えばさらに成長した長女に「わたしは世界一のパティシエールになるためにガンバる!!」って言われたらどうか。あ、これなら「うんうんガンバんな」って目を細めて見守れるな。

待て違う。これはただ「どうせ出来ねえんだから」と思って半笑いで聞いているだけだ。麦わら帽子を被った少年が「海賊王にオレはなる!!」って言ってるのと一緒だ。

 

そうなると、やはりもう少し現実味を帯びた目標を据えることが肝要なのか?

いやいや妙に現実的でも困るぞ。

例えばさっきのパティシエールで言うなら「世界一は無理だけど街で評判のケーキ屋さんくらいにはなりたいので、つきましては3年の期間とフランスへの留学費500万円をご都合願います。今すぐ。耳を揃えてここへ」とか妙に具体的且つ現実的なことを言われると「ちょっえっ?!まっ!」ってなる。

 

もう分かんないなこれは。

たかだか40年の時を生きて来たわたしの現時点の答えとしてはこれかな。

・やる時は手を抜かずにやりなさい。

・疲れたら休みなさい。

 上手くできませんけどね。