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俺があいつを見返す日。

ある一言をきっかけに、ある人物を見返すきっかけとして立ち上げました。日々のことから夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも掲載します。

浦島太郎の最後って知っていますか? という話。

先日は桃太郎について書かせていただいた。

桃太郎が掲げている『日本一』の旗指物は桃太郎のことではなく、おばあさんが桃太郎に作って持たせたきびだんごを指しているのだということを後輩が言っていた。そんな話。

そしてその文末に、件の後輩から衝撃的な発言が飛び出したとも書いた。それが『浦島太郎』だ。

 

私の記憶している浦島太郎とはこうだ。

村の子どもたちにいじめられていた亀をいくばくかの銭と引き換えに助けた心優しき浦島太郎が、そのお礼にと亀の背中に乗って海の中にある龍宮城に招かれ歓待を受け、いとまの際に玉手箱という土産までもらい気分上々で村まで戻れば、なんと数百年の時が経過し家族親類縁者友人知人ことごとく死に絶えており、失意の底で最後の希望に開けた玉手箱から白い煙のトラップをお見舞されてジジィになっちゃう非人道的な話。

細かいところは違っても、おおよそこんな感じだと思う。

 

ところがだ。その後輩いわく結末が違うと。彼の知っている浦島太郎は、玉手箱を開けてジジィになった後にツルになって飛んでいくんだと。

おいおいなんでもありの様相を呈してきましたな。言うに事欠いてツルかい。

まぁね。昔話はちょっと神話的なところもあるからね。現実からかけ離れていてもおかしかないよ。桃太郎のお話だって、実際に鬼がいるかいないかっていうツッコミ以前にアイツ自身がモモから生まれちゃうという強烈なファンタジスタだからね。

でもなんで唐突にツルよ? 脈絡はどうなってんのよ。

アレかい? あまりに救いのない話だから? 身よりもなく年経た浦島太郎の今後をおもんぱかって? せめてツルになって千年の時を生きよってか? まぁ亀は万年生きるけどねってかい?

そんな帳尻合わせをするくらいなら、最初からこんな絶望的な話なんか作らなきゃいいのであってね。

昔話がわたしの子ども時代から変化しているという話は知っている。あまりに救いのない結末の場合、多少マイルドな感じにしているらしいじゃない。

クリープじゃねえんだからよ。そんなものはディズニーに任せておけばどんどん作ってくれるんだから。人畜無害でハッピーエンドなお話を。

脈々と受け継がれる昔話をわざわざ毒にも薬にもならないものにしたら、それを聞く子どもの心の振れ幅が小さくなるでしょう?

感動するお話もあれば気分が悪くなるお話もある。それでいいじゃない。時に清濁併せ飲むからこそ深みのある人間にもなろうというものなのに無駄に過保護なんだよな。

 

と、持論を繰り広げたところで話は先日の学校公開(昔でいう授業参観日のようなもの)に移る。

次女(8)の教室に算数の授業を観に行った時のこと。授業風景に飽きたわたしが勝手に教室の本棚を漁っていると、あるではないか浦島太郎が。作者や出版年などは忘れてしまったが、わたしは授業そっちのけで読んでみた。

 

釣りをしていた浦島太郎は同じ亀を三度釣り上げ、三度とも逃してあげたら乙姫様ご本人が乗った小舟が登場。亀を助けてくれてありがとうぜひ龍宮城に来てください。

龍宮城で飲めや歌えで三年過ごし、帰るときに三段重の玉手箱。村に帰って誰もいなくて玉手箱を開けると、一段目に羽が二枚。二段目で白い煙がもくもくと。三段目に入っていた手鏡で老人になった自分を見て驚き思わず立ち上がると、その勢いで羽が生えてツルになって飛んでった。

 

わけわからん。

村の子どもはどうした? なぜ亀の背中に乗らない? そもそも同じ釣り人の針に三度も掛かる亀サイドに問題があるよ。乙姫も助けられてお礼をするヒマがあるなら、亀にもう少し地域の安全性について教育をしてやれよ。

あと三段重の玉手箱。三越のおせちかよ。これがもう残忍極まりないね。一段目の羽、二段目の白煙はまぁいいとして問題は三段目の手鏡。これってジジィになった姿を見せるためだけに存在しているわけでしょう。ものすごい悪意じゃん。

極めつけは最後ね。自分の姿を手鏡で見てビックリしてうわぁって立ち上がったらその勢いでツルになって飛んでったって。何その笑った瞬間の尿もれみたいなラストは。

 

本当だったんだなツルになるって。

でもいったい乙姫は浦島太郎に何をしたかったのだろう? 身内を助けてくれた人に対してやることじゃないよな。亀を美人局にして地上の人間をもてあそぶ姫の戯れか。