俺があいつを見返す日。

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映画レビュー 『インサイドヘッド』

わたしは映画が好きです。映画通を自称するには憚られるけど、無作為に集めた100人の中で30位になれるくらいには映画好き。

そんなわたしは、なんだか突然に『映画レビュー』などしてみようかと思いました。

苦手なんですけどね、レビュー。どうしてもネタバレになっちゃうし、そもそも何かを語れるくらいに深く考えて映画を観ちゃいないですからね。まぁでもやってみます。

内容を細かくレビューするつもりはないけど、それでもレビューするからには多少のネタバレは致し方ないので、読み進めていただける方はその辺をご理解ください。

 

さて。第一回目のレビュー作品は、前回記事からのつながりで『インサイドヘッド』にします。これ。

 

いつもどんな時でも笑っていられるのはスゴイことだけど、いつもどんな時でも笑っていなければいけないのだとしたら、それは耐え難い苦痛でしょうね。

自分が笑うと周りのみんなが喜ぶし、時には褒められちゃったりするからね。私が笑っていればみんなが喜ぶ。だから私は笑っていようって思っちゃってもおかしくはないです。

でもそういう人がいたとしたら、その人は笑うこと以外は許されない抑圧された状況に身を置いているということです。それはやっぱり不自然ではないかな。

シアワセと不シアワセの関係がそうであるように感情も相対的なものでしょう。カナシミがあるからヨロコビを感じることができるのであって、もし喜怒哀楽のどれか一つしか表に出していないのだとしたら、それはもう無表情と一緒なんじゃないかな。

 

四天王のうち一人しか頑張っていなかったら、ボスやられちゃうでしょ。四神のうち青龍しかいなかったら、なんか都とかやばいし。四部合唱でバスだけ頑張っていても、お経みたいでキモいでしょ。

いや何が言いたいかって、やっぱり喜怒哀楽、4つ揃ってこそ自然な形ではないかと。

例えば「昨日なに食べた?」って聞かれて「食べ物」って答える人はいないでしょう。肉や魚や野菜など、いろんなものの中から選んで食べるわけです。だから肉を食べた人は「肉食べた」って答える。でも365日肉ばっかり食べている人だったら、そういう人に「昨日なに食べた?」って聞いてもいっつも「肉」って答えますね。そうなったらもう『肉』とかじゃないよね。いつ聞いても「肉」って答えるんだからそれはもはや肉とかではなく「食べ物」でいいよね。それと同じ。

いったい何を言っているんだわたしは。なんだ「それと同じ」って。

例えばマグロばっか食ってる人がいたとするじゃない。他にカツオとかタイとかサンマやイワシ、いろんな魚があるのに四六時中マグロばっか食ってんの。それはもはやマグロじゃなく「経口摂取する何か」でいいよね。

おいおい混迷の様相を呈してきやがったぞ。ヤバイ収集つかなくなった。第一回目にして企画だおレビュー。フフ。フフフ。

 

だからね。わたしがこの映画を観て思ったことは「喜怒哀楽感情を出していこうぜヘーイ!!」ってことですね。

いつの間にか笑うことを義務付けられた子どもがいて、それを知らない間に親が強いていたとしたら怖ろしいね。気をつけようね。

インサイドヘッドはそんな映画でした。