俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

道案内に対するわたしの贖罪。

なりきりマスク?ヨーダ

つい先日なんですけどね。仕事が終わって会社を出てすぐ、こんな風貌のおばあさんに声を掛けられましてね。見た感じ80歳は超えておられるであろう、少し背中が曲がった小柄のおばあさんです。

ただ、認知症を発症されているのか、

「ここはどこなの?」

「あなたは誰なの?」

「ここは○○町じゃないの?」

「私の家は△△町よ?」

「早く家に帰らないとお父さんに叱られる」

「お父さんとお母さんは100歳なの」

こんな感じで延々とまくし立ててくるものだから、まともな会話にはならないんですけど、どうやらご自分の家が分からなくなってしまったみたいなんですよね。

とにかくこのままでは埒が明かないので、マシンガントークの合間に質問を差し込んでですね、何とか住所を聞き出したんです。そしたら歩いて15分くらいの場所だったんで、一緒に行っておばあさんをご自宅までお送り差し上げたわけです。

そんなわたしを人は『優しい』と言いますが、その通りなんですよ。当たり前じゃないですか優しいんですよわたしは。だってその人の家まで一緒に行ったんですよ? 徒歩15分ですよ? でもおばあさんの歩みに合わせたから実際はもっと時間が掛かってますから。しかも帰る方向とは逆ですからね。わたし一応その日に行きたいところがあったのに行けなかったんですから。

 

数ヶ月前にも、徳島から上京したばかりで道に迷っていた、ちょっとヤンチャっぽい男子高校生に道を尋ねられまして。

阿波踊りの会場に行きたいけど分からないと。バリッバリに画面が割れたスマホを取り出してその場所の情報をわたしに見せるんです。なんとか場所は分かったんですけど、徒歩では遠いし、かと言ってタクシーを捕まえるには場所が悪い。これからみんなで銀座のリカちゃん展にいくところだったけど、みんなには先に行っててもらって、わたしはその青年を現地まで車で送って行きました。

ちょうどこの日です。

 

この記事の最後で「髪が乱れているのには理由がある」と書いたのですが、この道案内が理由です。現地に到着するまでにいろいろ大変だったのでね。

車を降り際、その青年は謝礼として一万円を差し出してきましたけど、その手を遮り、わたし言ってやりましたよ。

「今日の夜、オレにいい気分で酒を飲ませてくれよ」

多分伝わってないですね。何言ってんだこのハゲくらいのもんでしょうね。

過去には映画館を探している女性を現地まで案内したりね。ハッキリ言って道案内に対してわたしはかなり優しいんです。

 

なぜかというと実はこれ、ちょっとした贖罪がありまして。

もう20年近く前の事なんですけど、駅前で外国人の男性に声をかけられたんです。

英語であろう言語で何かをまくし立てているのですが、何言ってんのか全っ然わからなくて。ただ「バスストップ」って単語は聞こえたから、あぁバス停を探してんだなって分かりました。

あとはどこ行きのバス停か分かれば何とかなるので集中して聞いていたら、分かったんですよ彼の行きたい場所が。

ただ悲しいことに、そのバス停までの道を説明できるだけの言語力がわたしにはなかった。この時ほど英語が話せればと思ったことはありませんでしたね。

そこでわたしが彼に放った一言が、後世まで語り草となるこの言葉、

「ミーとトゥギャザー! ゴー!!」

です。

その外国人と一緒にバス停までの道を歩きながら身振り手振りでコミュニケーションをとり、彼がパキスタン人であることが分かりました。以後この文中ではこの外国人をパキスタンと表現します。

目的のバス停に到着し、パキスタンに運賃を教えたのですが、日本の通貨にまだ慣れていないのか通じない。

わたしは自分の財布から必要な硬貨を取り出しパキスタンに見せました。でもどうやら該当する硬貨が財布になかったらしく。

わたしは自分が見本としてみせたお金をパキスタンの手に握らせ、かぶりを振る彼を半ば強引にバスに押し込みました。

バスの中からわたしに手を振るパキスタン。親指を立て笑顔で見送るわたしは、その時に気付いてしまったんです。パキスタンが目指す方向とは見事にまったく別方向を示すバスの行き先表示が。

わたしは今でも忘れられません。バスの中で満面の笑みを浮かべ、不器用なお辞儀を何度も何度も繰り返してわたしに感謝するパキスタンの笑顔を。

少しずつ遠ざかって小さくなるパキスタンの姿を、わたしはただ見送ることしか出来ませんでした。

そんなわたしの脳内に流れていたBGMは、あの名曲『忘れていいの‐愛の幕切れ‐』です。

 

 

私が道案内で見せる優しさは、そう、パキスタンへの贖罪だったのです。

 

あと、冒頭で書いたおばあさんのことを、わたしは『迷子』と表現して家族に話してきかせたんですけど、その時に長女(11)が言ったんです。

「おばあさんだから迷子じゃなくて迷婆(まいばあ)だよね」

わたしは長女のこのセンス、大好きです。