俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

きっと今のわたしは、子どもたちの成長に少しだけ付いて行けていない。

店先の地べたに座って3DSなぞに興じているお子様ならびにレストランなどでスマホを観ながらお食事を堪能されているお子様を見ると「あなたのご両親はあなたが外でゲームやスマホなんぞをポチポチするためにわざわざ貴重な休みに時間を割いてお出かけに連れてきてくれたり安くないカネ出してメシ食わせてくれるわけじゃねぇぞこのヤロッホォォォイッ!!」とまくし立て3DSスマホを取り上げて目の前で真っ二つに叩き折りたい衝動に駆られるわたしは別にヴァイオリンなどたしなんでおりませんので安心してください吐いてますよ毒を。

でもこういう場合はもうその両親が子どもそっちのけでスマホをシュインシュインクパァァァッてしているケースが多いから、きっと親も何とも思っていないだろう。大きなお世話というやつだ。

そう、大きなお世話なんだ。我が家ではお出かけの時はスマホもゲームも触らないルールにしているが、それぞれの家庭のやり方があるのだから考えを押し付けてはいけない。他人の家に勝手に上がり込んで「むむ。味噌汁の味が濃すぎますぞ奥方」なんてしないわけだから。店の出入り口を塞いだりレストランで常識外れに騒いだりしているわけじゃなければ『お好きにどうぞ』が正しい。

 

わたしの甥っ子たちも、小さい頃からお出かけ先に3DSを持っていってはところ構わずプレイしていた。わたしがいる時はそれを叱って許さなかったが、そのうち叱ることをやめた。なぜなら甥っ子たちの親もところ構わずスマホをするから。親がそうなら子もそうするのは道理。あぁこの家はこういうやり方なんだと。わたしが我が家の価値観で甥っ子を叱る必要はないんだと考えを改めた。今まさに千尋の谷に我が子を突き落とそうとしているライオンに対して、トラが「コラコラかわいそうだからおやめなさいな」とライオンをたしなめるのは余計なお世話なのだ。

そんな甥っ子たちも今や中学1年生。どこに行ってもスマホに夢中だ。その内スマホに吸い込まれて異世界に転生してしまうんじゃないかと心配になるくらい、食い入るように画面をのぞき込んでばかりいる。「モーセのマネ~」と言いながらバリカンで頭の真ん中をソリ込んでやりたいくらいには見ていてムカムカしているけどわたしは何にも言わない。でも本音では『もう帰れ。そんなにスマホばっかやりたきゃ家にいりゃいいじゃん。はじめからお出かけに付いてくんなよ』って思ったりすることもある。

 

ずっとそう思って奥歯をギリギリさせていたのだけど、最近ふと思ったことがある。「じゃぁ家にいるよ」って言われりゃ終わりじゃね? 甥っ子たちだっていつまでも今のままではないぞ。親と出かけてもゲームもスマホも出来ないなら家にいた方がいいやと思っても何ら不思議ではない。

それはウチの娘たち(長女11、次女8)とて同じ。さいわいまだ親とのお出かけを楽しんでくれているが「いい。行かない。お出かけより家でスマホやってる方が楽しいし」なんてスマホから目も離さず言われたらどうしよう。とりあえず「何だその態度は。まずスマホから目を離さんか。人と話す時は相手の方を向きそして相手の目を見ろやワレェェェ!!」と怒鳴った後に泣くなわたしきっと泣く。そして三日三晩寝込んだ後に回復して最初のご飯はおじやにしてもらおうかな卵が入ったやつ。

 

きっと、スマホやゲームよりも親とのお出かけに価値を見出してくれている今という時期は、ものすごく貴重だ。子どもをお出かけに連れて行ってあげていたのではなく、親が子どもとの思い出を少しでも多く作りたくてお出かけに付いてきてもらっていたのだ。欲しがっていたのは子ではなく親だった。

親はいつまでも子どもを小さい頃のままだと思っているが、子どもは日々成長しているので小さいままではいてくれない。それに合わせて親サイドの脳内も頻繁に更新していかないと、いつまでたってもこどもを一個人としてみることが出来ない。

 

きっと今のわたしは、子どもたちの成長に少しだけ付いて行けていない。