俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

すべては歩くスピードに答えがあった。

「すいませぇん。すいませえぇぇん」

会社からの帰り道。自宅から程近い踏切を渡りきったところで、自転車に乗ったおじいさんに声をかけられた。

大滝秀治さんの声を平泉成さんがモノマネしているような、早い話が恐ろしく聞き取りにくいかすれ声。だからはじめは話し掛けられていることに気付かず、危うく素通りしてしまうところだった。

「この辺にコアクってお店ある?」

わたしは例え年長者であっても、初対面で敬語を使わない人間は好きではない。

軽くイラッとしたので『知らない』の一言で素通りしてやろうかと頭をよぎったが、そんなことをしてもこちらの寝覚めが悪くなるだけなのでやめた。
そのかわりこのブログの中では若干の悪意をこめて、以後『ジジイ』と表現させていただく。

さてジジイの言うお店だが、わたしの記憶ではこの辺にそんな名前のお店はなかった。
わたしが頭を悩ませている横でジジイはコアク、コアクと繰り返すのだが、わたしのボキャブラリーを総動員してもコアク=小悪以外の何物でもなく、さすがにそんな店名ではないだろうとさらに聞き直すこと数回、どうやら「コハク」であることが分かった。

私「あぁコハク? あの琥珀…」
爺「んああ?」
私「ホラ、あの樹脂が固まってできた…」
爺「んあああ?」

おいジジイ食い気味にかぶせてくんなよイラッとするな耳が遠いのか仕方ないねゴメン。

「コハク」をスマホGoogleマップで検索すると、確かにあった。徒歩7分、ジジイの自転車なら3分といったところか。

わたしはジジイに現地まで同行することを提案した。道順は簡単だが店構えが目立たないので、気付かずに素通りしてしまうのではと危惧したからだ。

だがジジイは「あんがとねぇ」の一言を残してふらふらと走り去ってしまった。まぁ話してみればそんなに悪い人間ではなかったな。


わたしも歩き出して家の前まで着いたはいいが、どうしてもジジイのその後が気になったので、踵を返してコハクに向かった。

店の前にはわたしの記憶にあるジジイの自転車が停まっていたので、一安心して再び家路に着いた。

そんなわたしを家族は『優しい人』だと褒めてくれたが、これは違う。この行動はジジイに対する優しさから発したものではなく、単に自分の気が済まなかっただけだ。

 

そうだ。今日は何もわたしの優しさを克明に伝えるためにこれを書いているわけではなかった。長年の謎画ついに改名されたかもしれない野田。オイいい加減にしろよこのクソスマホ。何でいつもいつも選んでもいない言葉に勝手に変換されんだよ。『改名されたかもしれない野田』って結局誰だ馬鹿野郎。

正しくは『長年の謎がついに解明されたかもしれないのだ』です。


その謎とは『なぜわたしは道を聞かれるのか?』


主観だが、わたしは人に道を聞かれることが多い気がする。このブログでも何度か道案内のことを書いたし、今回もそうだ。わたしの他にも人がいるのになぜわたしに声をかけるのか? 決して人に安心感を与えるような柔和な外見ではないのに。


もしかして『歩みが遅いから』ではないだろうか?

これも以前にブログで書いたが、わたしは次女(8)より歩くのが遅い。

もし自分が誰かに何かをたずねようとするなら、早足で忙しそうに歩いている人より、ゆっくり歩いている人の方が話しかけやすいはずだ。

全ては歩くスピードに答えがあったのか。


あ。じゃあ27歳の時に男子高校生にカツアゲされそうになったことがあるが、これもわたしの歩みが遅いゆえのことだったのかな。

 

■道案内に関する過去記事。

 

■歩く速さに関する過去記事。