俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

浜田省吾 陽のあたる場所

この歌が好きです。


歌詞を掲載するのは憚られるのでわたしなりに歌詞を解釈してみますと、早い話が男性視点からの不倫愛を歌った曲です。


既婚者の自分と相手の独身女性。女性が独身かどうかは歌詞中にはないのですが、歌詞の内容からそう判断しました。


いけないと知りつつも、互いに寂しさから恋に落ちてしまうのです。イエス フォーリンラブ。


まぁ不倫ですからね。祝福はされませんし基本的に報われもしませんね。自分も相手もそれを分かっていますよ。

分かっているからこそ、その現実から敢えて目を背け、『愛している』という気持ちだけに目を向けながら二人は季節を重ねていくんですな。


でもそうすればそうするほど、当然に悲しみは深くなります。身体に毒と分かっているのに心地がいいからやめられないタバコみたいなものです。

男性は、既婚者である自分は相手の女性から様々なものを奪うばかりで、何一つ与えることができていないことに苦悩するのです。


そして決断します。『もう二度と逢うのはよそう』と。このまま関係を続けていては君の人生を引き裂いてしまうと。そうなる前に別れようということです。


悲しい決断ですね。ヒジョーに悲しい。

でもこうも思ってしまうんですよね。本当に相手の女性を愛しているのならば、自分の今の生活を捨ててその女性と人生を共にすることは出来なかったのかと。


いやそうは言ってもね。コトはそんなに単純ではないですよね。

この男性は単なる性愛だけでこの関係を築いたのではないでしょう。

「妻とはその内必ず別れてお前と一緒になるから」と都合良く女性をだまくらかしていたわけでもないでしょう。

きっと苦悩に苦悩を重ねて、苦渋の決断で切り出したと思いますよ、えぇ。


もう二度と逢うのはよそう。そう言われて相手の女性はどうしたでしょうね。

遊ばれたと思ってキレたのか、別れたくないと泣いたのか、笑って静かに受け入れのか。歌詞中にはそこまでは書かれていないから分かりません。


いずれにしても二人の関係はそこで終わったのでしょう。男性は自分との暗く後ろめたい関係を終わらせることで、彼女を陽のあたる場所に向かわせたのです。


そして最後に男性はこう思うのです。


もしもこの愛に形があれば伝えられるのに

偽りのかけらもなかったことを

 


以上です。

浜田省吾さんの『陽のあたる場所』とはこのような歌なんだと思います。


この曲をはじめて聴いたのは確か10代の頃です。それまではそんなに好きな曲ではなかったんですけど、数年前でしょうか。電車の中で何気なく聴いていたら、この「もしも〜」のところで不覚にもほぼ落涙してしまいましてね。なんて悲しい気持ちなんだと。


別れたくないな。

でもこのまま彼女を陽のあたらない場所にいさせることは彼女の人生を引き裂くことになってしまうよ。

だから悲しいけど別れを切り出すことにしたよ。

でも信じてもらえるかどうか分かんないけど、彼女を愛しているという気持ちにウソ偽りはないぜ。

あぁ。もしもこの愛に形があれば伝えられるのに! 偽りのかけらもなかったことを!! キィィィッ!!!


泣く。こんなん泣くに決まってる。


あ、いちおう弁明しておきますけど、わたししていませんから不倫。