俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

うどんは飲んでも飲まれるなという話。

香川県と言えば『うどん』に相違ないであろうことは疑いようのない事実であり聡明なる皆様におかれましても当然にご承知のことと思われるし何よりわたしはうどんが大の大好き。

20代の頃に出張先の香川県で初めて本場の讃岐うどんを食べて以来のうどん好きです。


地元商社の人が運転する車に乗せてもらい、地元の美味しいうどん屋さんに連れて行ってもらいまして。

農道のような細い道を通り、山の中を分け入った先にあった趣のある日本家屋で食べた讃岐うどんの味が忘れられません。


うどんを噛み切る時の、コシがありながらもモチっとした食感。ツルッとしたのどごし。こんなに美味しいうどんが世の中に存在したことは心の底から驚愕でした。


次の日も別のうどん屋さんに連れて行ってもらい、わたしはすっかり讃岐うどんの虜に。

まだ県外に讃岐うどんのチェーン店ができる少し前の話です。

 

それからしばらくしてからでした。東京でも讃岐うどんのチェーン店が続々と出店され始めたのです。

またあの時の感動が味わえると狂気したのですが、東京で食べたチェーン店の讃岐うどんは、何だか少し違ったような気がしましたね。


讃岐うどんのコシって、もっと弾力性に富んでいた気がしたけど、これは単に固いだけじゃないのか?

それにのどごしも、ツルッと飲み込めて気持ちよかった気がするけど、こんな風にのどに引っかかる感じだったっけ?


忘れていたんだね。

『あの時の讃岐うどんの味が忘れられない』とか言っておきながら、わたししっかり忘れていたんだね。悲しいね。人は忘れてゆく生き物だね。というより忘れていかないと生きてはいけない生き物なんだね。


そんな風に不意に人間の在り方なぞを考えさせられてしまったけど、でも大丈夫。わたしが香川県で食べたうどんと違うかどうかは分からないけど、わたし讃岐うどんのチェーン店大好きだから。これからもわたし達にリーズナブルで美味しい讃岐うどんを食べさせてください。お願いします。


ところで。

これは香川県の商社の人が言っていたんですけど、讃岐うどんは噛むのではなく『飲む』らしいんです。

事実その商社の人は、ずずっずずっと数回すすり、あっという間に食べ終わってしまいました。


そして商社の人はこうも言いました。


「よその県の人はなかなか出来ないよ」


バカな奴め。わたしの負けず嫌いに火を付けたな?

わたしのこの、本当に困難なことに対しては決して発動されることのない、なんとなく出来そうかな? ってことにしか発動されたことのないわたしの負けず嫌いに火を付けたんだな? 目にもの見せてやろう。


できました。このわたしにも出来たんです。商社の人もびっくりしてました。


それ以来わたしは、讃岐うどんを食べるたびに「飲める! 飲めるぞ!!」と叫びながらうどんをすすっています。叫びはしませんウソつきました。


でも多分だけど、当時のわたしの食べ方は違っていたと思います。

わたしは『飲む=一切咀嚼しない』と思い込んでいたので、うどんをすすってそのまま噛み切らずにひたすら飲み続け、結果、丼の中に残っているうどんと今まさにわたしの食道を通過しているうどんが繋がっているという非常にスネーキー(※)な事態になっておりました。

※スネーキー︰蛇のようなの意

 
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きっと、香川県の人たちでもある程度は咀嚼していると思うの。或いは飲まない人もいると思うの。

だってある時、その食べ方で人知れず死にそうになったことがあるし。


みなさんもうどんを食べる時は、くれぐれも飲み過ぎに注意してくださいね。


そんで正しいうどんの飲み方を、誰か教えてくださいな。