俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

説得力があるかどうかは問題ではないのよ。

言葉には説得力が伴わないと効力が生じず、相手に届かなかったりする。

 

例えば自分が何かのルールを逸脱したとする。

それを誰かさんに見咎められ「ルールを守りなさい」と言われたとする。

でもその誰かさん自身、普段は全っ然ルールーを守らない人だったりする。それにしてもルールーってなんだいジュン、ホタル。キツネかい? キツネでも呼んでんのかい? とうさん、とうさんあんまりそういうの、よく分からないけど、よく分からないけど、子どもがまだ食ってる途中でしょうがっ!! 正しくはルールです。

 

話を戻して。

でもその誰かさん自身、普段は全っ然ルールーを守らない人だったりする。

じゃあその誰かさんの言葉に説得力はあるか? ないと思う。

じゃあその誰かさんの言っていることは間違っているか? 間違ってはいない。

 

であるなら、受け入れない理由はない。

説得力があるかどうかではなく、指摘された事実を受け入れる耳があるかどうか。

それがない時、「お前が言うな。説得力がねぇぞ」となったりしちゃうのではないかな

 

だからわたしは言う。

休日の朝、娘たちに「起きなさい」と。「起きて着替えなさい」と。

娘たちは眠くてゴニャゴニャするから、わたしはまた言う。「ほらケジメがないぞ」と

娘たちは言う。「おとうさんだって起きてないじゃん。パジャマのままじゃん」

わたしは言う。

「おとうさんがどういう状態にあるかが問題なのではないのだよぉ。週末の朝は9時に起きて着替えるという家族のルールを逸脱している事実を君たちが受け入れられるかの話だよぉ」

しぶしぶ、のっそりと起き始めた娘たちを横目に、わたしはパジャマのまま、ぬくぬくとおふとんにくるまっている。

 

卑怯ではない。教育のためなんだなぁ。ムニャムニャ。