俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

炎上していたかもしれない老夫婦。

 わたしが勤める会社は祝日のほとんどが出勤という、日本国民にあるまじき振る舞いの会社なのです。

 従って憲法記念日である本日においても、雨風か凄まじい中を出勤と相成っております。

 

 さて。ネットの世界で聞く『炎上』とはどうして起こるのか。避けられるとしたらどうすればいいのか。タマにはわたしもそんな事を考えたりするのですが、わたしの拙い頭ではどうにもうまく考えがまとまりません。


 ただ、言葉と言い方は考えるべきかな、とは思うんですけどね。


 わたしは若かりし時は歯に衣着せないヤツでして、思ったことは誰に対しても遠慮せずガンガン言っていました。思っていることは相手に伝えてこそと信じていましたので。

 それは今も基本的には変わらないのですが、ある時気づいたのは、『思ったことを言う=言葉を選ばなくてもいい』ではないという事。それ以来、出来る限り言葉や言い方には気をつけるようにしています。あまりうまくは出来ないのですけどね。


 誰かの言動に対して自分の考えを述べることは、例えそれが否定的な意見であっても何ら問題ではないと思うのです。議論が白熱してケンカのようになったとしても、得られるものがあり、後腐れがなく終われるのであれば大いに意義があります。


 ただ、悪意ある言葉や言い方をしてしまえば、それは否定を通り越して非難や誹謗中傷になり、なんだか切ない事態になってしまいますね。さらにそこに同じような考えの人が集まれば、あっという間に炎が燃え広がり収拾がつかなくなって『炎上』ですかね。

 

 リアルな世界で考えてみると、例えば会社などではそうそう炎上みたいなことは無いんですよね。それはやっぱり否定的なこととか非難や誹謗中傷は誰も表立って口には出さないからですかね。

 でも隅っこの方ではいくらでもみんな好き放題言っているわけで。隅っこだからあまり大きな炎にはなりませんが、開かれたネットの世界では、隅っこでのヒソヒソ話では済まないから小さな火が炎となって炎上するのでしょうか。


 わたしのブログは、内容的にはバカだのハゲだの酷い記事ばかりで、たまにやりすぎかなって思うこともありますが炎上はしたことはありません。なぜかというとわたしのブログをリアルな世界に置き換えれば、まさにその隅っこのヒソヒソ話みたいなものだからですね。更新すれば読んでくれる方々はいますが、決して多くはないので炎上するほどの燃料に至らないだけなのです。もし読んでくれている方がもっと多ければ、とっくに炎上してブログ閉鎖になっているかもしれません。

 まぁ今のところはこのスタイルをやめるつもりは無いんですけどね。

 

 あとわたしもよくやってしまうのですが、その人の言動に留まらず、人格そのものを否定してしまっている時があるのです。自分の考えに合わないような言動をする人に対して「あいつはおかしい」と、その人自体を嫌ってしまったり。あるいは何か一つ間違いを犯してしまった時に、その人のすべてを許せなくなってしまったり。


 清廉潔白であろうとする人はたくさんいても、実際にそうである人がいたとしたら、むしろその方がおかしい。清廉潔白な人などそうそういないのです。翻って自分を見てみれば、人間など決してそんなに綺麗なものではないことがすぐに分かります。人間は清濁を併せ飲むこともあるし、水清きところに魚は棲まないのですから。

 根本にそういう寛容さがあれば、悪意を持って多少の言葉の揚げ足を取ろうとする気持ちにはならないような気もしますね。

 

 それと、非難するようなコメントをしてしまう人は、きっかけとなる言動に対してよく考えず、見たまま聞いたままを反射的に発信しちゃったりしてるんじゃないかなと思うのです。


 今回、そもそもはこれが書きたかったのですが、上記のように思わせられたちょっとした出来事がつい昨日にありまして。


 昨日の朝。わたしがコンビニに入りますと、老夫婦が一人の店員さんを付き人みたいにして、あっちこっちに引っ張り回しながら商品をカゴに入れていたのです。『次はコレ。次はソレ。そんでアレ』といった感じで。


 たまにいるんですよそういう人。店に入るなり横柄な態度で店員さんに「○○どこ?」と聞き、売り場まで案内させる。ヒドイ奴になると自分は何もせず店員さんにレジまで持ってこさせる。

 コンシェルジュじゃねえぞ。コンビニを高級店から何かと間違えてんのか? まずお前が最大限に探す努力をしろ。それで見つからなければその時に聞け。そして自分で商品を取りに行け。


 フザケた老夫婦がいやがるな。その時のわたしはそう思ったんです。

 でもよく見れば、二人ともかなり背が低い上に腰が曲がっていたんですね。要するに特に背が高いわけではないわたしが難なく取れる商品が、その老夫婦には届かなかったんですねきっと。

 老夫婦から店員さんにお願いしたのか、店員さんが気を利かせて自ら行動に出たのかは分かりません。ただ、目の前で見えている事実だけを以って物事を性急に判断してはいけないなと思いました。


 仮にわたしがSNSを活発に利用している人間だったら、おそらく『フザケた老夫婦がいる』と思った瞬間、反射的に見たまま感じたままをSNSで発信し、それをきっかけに炎上していたかも知れません。

 でも目の前の出来事がどうして起こっているのか、少し客観的な視点で見られたことで、自分が勘違いしているのかも知れないことに気がつけたのです。

 

 長々と書いてしまいましたが、これまでの考えをまとめてみると、ムダな炎上を避けるためには……

 

 ・常に言葉や言い方(書き方)を考え

 ・常に人を許す寛容さを持ち

 ・常に物事を吟味する余裕を持つ

 

 聖人かよ。じゅうぶん清廉潔白だよそれが出来たら。清廉潔白な人などそうはいないんだろ? 人間は綺麗ではないんじゃなかったのか?

 

 ホラねやっぱりうまくまとまんないんだ。何か破綻してんだな。

 結局わたしのような人間は難しいことなど考えず、いつも通り気の抜けた記事を書いているのが分相応だと気づきましたので、これからもどうぞ宜しく願い致します。