俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

日常のワナはどこに潜んでいるか分からない。

 最近、朝の通勤時によく見かける親子・・・に見えるおっさんと少年がいる。分かんないから親子とす。

 

 お父さんが運転する自転車の荷台に、ボウズ頭の中学生男子が立って乗っている。


 自転車の二人乗りは原則違反のはずだから、そこな親子も事故を起こす前に即刻やめた方がいい。


 とは思うけど、正直に心情を吐露しよう。

 あなた達二人を見ていると、なぜだか胸の奥が締め付けられるような気持ちになる。不快ではないけど心地良いわけでもない。なんとも言えない、どうにも切ない思いが溢れてくる。


 もしかしてこれはノスタルジーというやつかな。どうやらあの親子を見ることで何らかの記憶が呼び起こされ、わたしは郷愁にかられているらしい。それが何なのかは心当たりがないけれど。

 

 そんなノスタル親子が、昨日をもって自転車からバイクに華麗なグレードアップを遂げたらしい。

 漆黒のフルフェイスで漆黒のビッグスクーターを運転する父親の後ろに、グレーのハーフヘルメットを被った少年。二人を乗せたバイクは、わたしの目の前を悠然と走り去っていった。


 おいおいオヤジぃ。自分だけフルフェイスで息子は半ヘルかよ。危ねえっつーの息子にも買ってやれよフルフェイス。

 それはそれとして、ナニよいつもの自転車どうしたのよ。ずいぶん羽振りがいいけど宝くじにでも当たったのかな。


 宝くじといえば、わたし宝くじ買ったことないんだけど、こないだ人生で初めて宝くじ売り場でスクラッチ買った。ドラゴンボールのやつ。チチの絵の。200円のやつ。1等100万円。


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 当たらなかったけど。まぁいいんだ。チチをこすって財を成したなんて、きっと末代までの恥になる。←申し訳ない。これが書きたくて無理矢理に宝くじというワードを使ったんだ。

 

 とにかく。自転車の二人乗りはルール違反だし危険だから、やめたことは喜ばしい限りだ。でもわたしのノスタルジーはバイクでは得られなかった。バイクは違う。コレジャナイ感スッゴ。


 コレジャナイ感といえば、加熱式タバコといわれるiQOSやプルームテックのコレジャナイ感がスゴい。

 わたしの周囲の喫煙者の中には、通常のタバコとiQOSやプルームテックを併用している人も多いが、見ているとどうにもコレジャナイ。

 わたしの中ではタバコを吸っている時のの仕草なども込みで喫煙だ。今まで観てきた映画やドラマの喫煙シーンが全てiQOSに変わったらちょっとかっこ悪いじゃんか。

 

 タバコといえば、これはわたしが28歳の時の話だ。

 

 出張で四国まで来ていたわたしは、お客様との打ち合わせを終えて、新幹線で岡山に向かっていた。


 車中、わたしは多少イラついていた。新幹線の喫煙席が空いていなかったからだ。愛煙家だったわたしにとって、これは耐え難い状況だった。


 岡山駅のホームに降り立ったわたしは、真っ先に喫煙所に向かった。喫煙所には数人のスモーカーがいたが、運良く灰皿に近いイスが空いていたので、わたしはそこに腰を降ろした。


 タバコを取り出すべくおもむろに胸のポケットへ手を伸ばしたその時。視界の端に一人の女性の姿が目に入った。わたしが座っていた椅子から一つ空けた右隣。かなりの美女が気だるそうに紫煙をくゆらせていた。


 かなりの美女と言ってもイメージがしづらいと思うので、当時の基準で表現するなら『知念里奈の杏里和え』といった感じだ。以後、この女性のことを『知念杏里』とする。


 何たる幸運。ひと仕事を終え、憂いを含んだビジネスマンを演じるには絶好のチャンスではないか。出会いというものはどこに転がっているか分からないものだ。これを期に、あわよくばわたしに惚れさせてしまおう。


 そう考えたわたしは、相手に不足なしとばかりにスーツの胸ポケットからラッキーストライクを取り出し、自慢のジッポーでゆっくりと火をつけた。

 美しい。わたしは自分の流れるような一連の動作に酔っていた。イケている。わたしは今、間違いなくイケている男性だ。


 胸中で密かにほくそえみ、杉良太郎も裸足で逃げ出すほどの流し目で知念杏里に目をやった。ところがどうした事だ。知念杏里はこちらを全く見ちゃいねぇ。


 わたしは目の前で起きている事実を受け入れる事が出来なかった。何故なら少なくとも今、この喫煙所という限られたエリアにおいて一番イケてるのはこのわたしのはずだからだ。


 わたしはその後も知念杏里を意識した。時には立ち上がって遠くを見つめて物憂げな表情を醸し、時に天を仰いでこれからの国の行く末を案じる素振りなどを見せた。


 己の持てるありとあらゆる技を使って知念杏里の気を引こうとしたが、彼女はついにわたしを見てくれる事はなかった。


 わたしは諦めた。相手が悪かったようだ。知念杏里・・・どうやらわたしの手に負える相手ではなかった。

 

 力なくイスにもたれ掛かり、しばらく物思いに耽っていると、不意に屁がしたくなった。


 しかしクールはわたしはそんな時でもやはりクールだ。取り乱す事はなかった。この屁はスカせる。しかも臭くはない。そう判断した。わたしとてダテに28年間、この体と付き合ってきた訳ではない。わたしは即座にこの屁の性質を見極めていた。おまけに知念杏里はわたしに関心がないと来ているし、さらに一つ空けた隣に座っているという好条件だ、何も迷う事はない。行くぞ!


 わたしは誰にも悟られぬよう、かすかに尻を持ち上げ、慎重に、かつ大胆に(←なぜ?)放屁した。


「ブッ!!」


 刹那、知念杏里は亜光速のスピードでわたしの方に振り向いた。対照的にわたしの時間は止まった。


 違う、わたしじゃない!! いやわたしなんだけれども!!


 わたしはアセッた。常識では考えられない事が起こってしまったのだ。

 何故だ? わたしの屁の見積もりに誤算があったとでも言うのか? それとも疲労困憊していたわたしの括約筋は、もはや自分の屁を御する能力をもなくしていたのか・・・。


 いずれにしてもアレコレ考えている場合ではない。現実を見るんだ。今はこの状況を打破する事が最優先事項。わたしの肛門から乾いた屁が切ない音色で奏でられてしまった事は紛れもない事実なのだ。


 隣で疑わしそうに見ている知念杏里の目から逃れるべく、わたしは体のあらゆる箇所を動かして、必死に似たような音を探した。腰を上げて座りなおし、靴をすべらせてみる、手をこすり合わせる。


 ダメだ希望の音色が出ない!!

 畜生、知念杏里。こっちを見るんじゃない。振り向いて欲しい時には全然振り向いてくれなかったくせにぃ!!


 全ての努力は徒労に終わった。しまいには苦し紛れにクチで「ブッ!」とか言っちゃってんの。それはムリがあるだろわたし。


 わたしは腕時計を大げさにかざし、さもも『もう時間がないからわたしは行かなくてはならない』感を醸し、その場を離れた。


 ワナはどこに潜んでいるか分からないというのが今回の教訓だ。 


 ちなみに冒頭で書いたバイクの親子は人違いだった。今日の朝、無事に生息を確認した。二人乗り親子は健在だ。

 

でも危ないので二人乗りはやめなさい。即刻。