俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

無邪気って何かね。

 無邪気って何?って考える。でもそれを考えようとすることがもう無邪気なのかもしれない。七面鳥持ってこい。


 無邪気というくらいだから邪気すなわち悪意がない。だから嫌味でない限り無邪気は良い意味で使われますね。よく言われるのが子ども。子どもは無邪気。


 次女(9)が幼稚園児だった頃、次女の友達の女の子がアリ潰してて。ひたすらにプチプチ潰してて。ちょっと大きめの黒いアリがいるじゃないですか。あのアリをね、見つけ次第指とか足で潰しまくるんですよ。何やってんの? って聞いたら「アリつぶしてんの」と。知ってる。それは知ってるの。何でアリ潰してんの? って聞いたら「たのしいから」だって。


 分からなくはないんですよね。わたしも子どもの頃は虫達に結構な酷い仕打ちをしてきた記憶がありますから。この女の子は無邪気だったのかもしれませんね。悪意がなかったのかもしれない。鬼ごっこやかくれんぼ、泥団子を作るのと一緒の楽しい感覚でやっていたんだろうな。その女の子曰く「小さいアリはかわいそうだけど大きいアリはつぶしていいアリなの」だそうで。


 特に何も言いませんでした。ただ「俺はかわいそうだと思っちゃうから、俺と遊んでる時はアリ潰すのやめてもらっていい?」とだけは言いました。わたしは自分や家族に影響を及ぼさない限りは、他人の子供に教育じみたことはしません。教育なんて親のエゴですから。わたしのエゴをわたしの子でもない子どもに押し付けるのは抵抗があります。

 

 それとわたしが20代の頃。原付バイクを運転していた時に、小学2、3年生くらいの男の子3人が、わたしのバイクに向かって潰れた空き缶を蹴り飛ばしてきたんです。うまく避けたものの、もしタイミング悪くタイヤの下に入ってしまったらバイクなど簡単に転倒しちゃいますからね。わたしが慌てふためくのをキャッキャと大笑いして走り去っていきましたけど、この子らって無邪気だったのかな。


 わたしの周りにすぐ「無邪気な子どもがやったことなんだから(許してあげなさいよ)」みたいなことを言う人がいるんだけど、その子ども絶対に悪いの分かっててやってますぜアニキィって思いながら聞いている。どうも『子どものやること=無邪気だから許されるべき』って思っているみたいなんだよね。優しいし分からないではないんだけど、子どものやることだからこそ厳しく言って聞かせるんじゃねぇの? って思うこともままあります。無邪気は悪意が無いだけで罪がないわけじゃないですから。無邪気が免罪符みたいに使われるのがとってもイヤ。


 なんでこんなことを急にブログに書いたのか、それは自分でも分かりません。きっとわたしが無邪気だからじゃないですかね。こんばんは。45歳男性無邪気です。