俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

秋葉原からのカール・ゴッチからの勇者ごっこからのドラゴンクエスト。そしてザビエルへ…。

 ほぼ一年ぶりになるであろうか。先週末に秋葉原へ行った。


 「〜であろうか」って。知らないんだけどそんなの。わたし自身がおぼろ気な記憶しかないんだぞ。このブログを読んでくださっている皆様方が、わたしの過去など存じ上げていると思うのか? 傲慢に過ぎるわ。

 そもそもわたしが何年前に秋葉原を訪れたかなんて、賢明なる皆様方におかれましてはマツコ・デラックスさんの血液くらいにサラサラ興味はないはず。サラに言うならば、わたしが秋葉原に行った事自体に興味を持たれていないということ、これ万物の理。その事はアカシックレコードにもちゃんと記録されている。エドガー・ケイシーさんが言ってた。ウソだけど。


 この「~であろうか」ってのは、ごちてんだと思う。そう。きっとひとりごちてんのよ。迷惑。迷惑です。そんなものはひとりごっちの時に勝手にひとりごちてください。

 ひとりごっちを知らない方のために補足しておきますと、ひとりごっちとは即ちカール・ゴッチプロレスの神様と言われたカール・ゴッチその人。そしてカール・ゴッチを知らない方のためにわたしから補足することがあるとするならば、今すぐに秋葉原ブックオフに行って『プロレススーパースター列伝』を全巻購入してお読みなさいな。そこに全てが書かれています。

 ちなみに万物の全てを記録してあるはずのアカシックレコードにも、ゴッチのことだけは書いていない。なぜかごっそりと記録が抜けている。どうやら猪木の仕業らしい。アントニオじゃなくてアントキノの方だけど。ウソだけど。


 というわけで、秋葉原に『プロレススーパースター列伝』を探しに行ったわけではなく、ドラクエのグッズを探しに行った。最近わたしと娘たちの間でちょっとしたドラクエブームが到来しているので。加えて今まで娘たちが秋葉原に行ったことがないという事実もあり、娘たちの社会勉強の一環としてお出かけと相成った。


 秋葉原に行くことが娘たちにとってどんな社会勉強になるのかは知らない。それはわたしが与り知ることではない。何を得るかは娘たち次第。馬を水飲み場に連れて行くことは出来ても水を飲ませることは出来ない。わたしにできることはその機会を与えることのみ。何も得られなければ何も得られなかったことが分かってハッピー。それでいい。これも経験。あれも経験。たぶん経験。きっと経験。人生とは愛の水中花であると松坂慶子さんも言ってた。意味は分からないけれども。


 何だか今日のわたしは妙に良いことを言う。どうやら調子が良いみたい。ようし今宵は奥さんとチョメチョメしよう。きっと質の良いプレイになるぞ。山城新伍さん見てくれていますか。あなたの考案したチョメチョメという伏せ字の読み方は、今もこうして奥ゆかしい日本人の心の中で生き続けています。そしてこの場合のチョメチョメとはセックスの意。あー身もフタもない。

 

 久方ぶりの秋葉原は楽しかった。目的の物も手に入った。あと勇者ごっこしてきた。勇者ごっこ、どうやるのか知りたい? 知りたくばキレ気味にこう叫ぶんだ。


チキンラーメンって二口食べれば十分だよねぇっ!!」


 これ即ち真理なり。ちなみにわたしは『まんぷく』と呼ばれるドラマは一切観たことはない。


 勇者ごっこね。まずメインの通りから一本奥まった道に入る。そうするとメイド喫茶だか何だかのチラシを配っているお姉さんたちがいらっしゃるから。軽くビビる程度にいらっしゃるから。そのお姉さんたちが道の両脇に2メートル間隔くらいで立ち並んでいらっしゃるから。その真ん中を突っ切って歩いて来なさい。これだけ。これがわたしの考案せし勇者ごっこなり。


 説明が必要? あのね。お姉さんたちが道の両脇に立ち並んでいるその光景が、さながら今しがた魔王を倒してきた勇者御一行を総出で迎えるお城の人々に見えたのね。その真ん中を家族の先頭に立って通るわたしこそがその勇者よ。後ろにいる家族は勇者の仲間。戦士に僧侶に魔法使い。あまりに気持ちよかったので1.5往復してきた。でもチラシは一切もらっていない。お姉さんたちスイマセン。その節はご迷惑をおかけしました。

 

 こうしてわたしという勇者が秋葉原という魔王をクリアしたのは先週。ついでにいうと、長女(12)と一緒にプレイしていたドラゴンクエスト23DS版)をクリアしたのは先々週。


 ドラゴンクエストシリーズの中でわたしが唯一クリアできていなかったのが、このドラゴンクエスト2であることは以前の記事で触れた。

 理由をごく簡単に書くと、30年以上前にファミコン版のドラクエ2でラスボスのダンジョンを進んでいたわたしの横で母上様と兄上様が若干激し目のケンカをお始めになりあそばされ、ヒートアップした兄上様のキックがわたくしめのファミコンにクリーンヒットし画面がツーッとなってわたしがエーッとなってモーッて言ってリセットして復活の呪文を入れたら「じゅもんがちがいます」って言われてワーッとなって兄上様にガーッと言ったらウリャーッとされてぐぁーっとなった。そういうほろ苦き思ひ出。


 2019年2月10日に長女と二人でドラクエ2をクリア。そして同日すぐに二人でドラクエ3をプレイ開始。奇しくも31年前のこの日は、ファミコン版のドラクエ3が発売され、中学生だったわたしがプレイし始めた日でもある。これを偶然というにはあまりに強引。運命的なものを感じざるを得ない。

 しかもだ。ファミコン版のドラクエ2が発売されたのは32年前の1月26日。そして驚くべきことに、長女とわたしがドラクエ2をプレイし始めたのが、何と2019年1月27日。一日ズレてますやんさかい。

 ねぇ惜しいよ。非情なほどに非常に惜しい。これはもう1月27日ってことにしても良いんじゃないかな。その方が運命的じゃないの。ほんの一日ズラすというささやかなウソを付くだけで、わたしと長女に劇的な歴史が誕生するんだよ。


 ……いや、やめておこう。もしわたしがドラマティックな歴史を作り出すために事実を歪めていたら、わたしはこのドラクエのくだりを思い出す度、人に聞かせる度に心にチクリと針が刺さっていただろう。その内にこの歴史自体を自らの意思で遠ざけるようになり、そしていつしか鍵をかけ、心の奥底に封印してしまっていただろう。


 多くの歴史は、きっとこのようにして都合よく歪められ、塗り替えられてきたのかもしれない。フランシスコ・ザビエル。あいつがいい例だ。アイツの頭がカッパみてえなのは、ザビエルを良く思わなかった後世の『反ザビエル勢力』たちが歪めた歴史であり、本当は現役時代の具志堅の酷えやつくらいのフッサフサアフロだったとされている。ウソだけど。