俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

ひんやり飯には罠がある。

 今週のお題は「ひんやり飯」だそうだ。

 つい先日、この『お題』というシステムの存在を知り、その内やってみたいなと思っていたからやる。
 繰り返す。今週のお題は『ひんやり飯』だ。


 お題をもらって文章を書くなど国語の授業以来かもしれない。どんな内容になるのか少しワクワクしている。
 だが待って欲しい。そのような浮ついた気持ちでスタートラインに立ってはいけない。なぜならこのお題には罠が仕掛けられているからだ。

 まず疑ってかからなければならないのは、この『ひんやり飯』というお題が『ひんやりめし』ではなく『ひんやりはん』かもしれないということだ。
 だとすればこれは一大事。当然に前者だと思ってはいるが、万が一にも後者だったなら、わたしは真逆を向いてスタートラインに立つことになる。それはチョーハズィー。

 とはいえもし後者だとしたら、何かの陰から何だか腑に落ちない顔で小首を傾げて「はい。ひんやりはん」と言いながら出てくればおしまいになってしまう。賢明なるはてなスタッフの皆様がそんな愚挙を犯すはずもない。日本語って難しいネ。

 だからここは素直に食べ物のひんやり飯という前提で話を進めるわけだが、安心するにはまだ早い。ワナは他にも仕掛けられている。『ひんやり』が物理的な意味とは限らないという事だ。精神的な意味合いかもしれない。

 例えば高所。ドバイにある世界一高いタワーで名高いブルジュ・ハリファ。高所恐怖症の人にとって、その最上階で食べるご飯はきっとひんやり飯だ。
 ぜひとも体験してみたいものだが、わたしを含め、わたしのブログを読んでくれている方々の中にその状況を再現できるほどの富裕層がいるとは思えないので、各々地元のなんちゃらタワーでやってみてください。

 或いは夜の廃墟などの心霊スポット。これは間違いなくひんやりだろう。ただ、そもそも心霊スポットに一人で行けないというわたしの勇気サイドの問題が残されている。宜保愛子さんはすでに他界されているので、宜保タカ子さんと一緒に雄蛇ヶ池に行こう。おーじゃがじゃがじゃがーーーおじゃがいけっ!!
 これは立派にひんやり飯の範疇でだろう。

 さらには刑務所。これは臭い飯か。

 しからばこれはどうだ。どうやら自分の浮気に気付いたっぽい空気を存分に放っている妻と食べる夕食。これは最強にひんやりだぞ。いつ切り出されるか分からないからね。ずっと一本の鼻毛を持たれたままの状態。いつ抜かれるか、まだ抜かないのか。抜かれそうになってもうまく体をよじってさせまいとする熱ゥィ攻防。その熱でひんやり飯も温まってしまうネ。
 
 そろそろマジメに書くとするなら、わたし的には冷や飯に永谷園のお茶漬けの素をかけて水を注いで食べる。それが記憶の片隅にあるひんやり飯。

 でもこうも思う。残暑だから。まだまだ暑いからね。手間ヒマかけず簡単にできるのが一番いいよ。手近にあるものをそのまま出して、それを冷房の効いた涼しい部屋で食べる。それも『ひんやり飯』。いやそれこそがひんやり飯。