俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

アーサー・カールスについてわたしが知っていることを書く。

 わたしの文章は浅い。軽い。そして薄い。何かのテーマについて少しでもまともに書こうとすると途端に拙さが露呈する。普段からテメエバカコノヤロウハゲなどという口汚いワード(最近ブタゲルゲも追加)で罵るくだらない文章ばかり書いているのだから成長もしないし。

 自分でも分かっている。でもそれがわたしらしさだとも思っている。わたしはずっとくだらない文章を書いていたい。というよりこの電子の海=エレクトロニックオーシャンでのわたしの居場所はそこにしかない。


 挨拶の重要性について書きたかったんだけど、上手く書けないんだ。だっていくら文章をこねくり回しても「挨拶は重要ナリ」しか書けないんだもん。コロ助かよ。おのれブタゴリラブタゴリラドラえもんでいうところのジャイアンみたいな位置付けだろうけど、別に乱暴とかしないんだよな。普通に心優しい。それよかそんな優しき少年にブタゴリラなどという悪質極まりないあだ名をつけるキテレツ達の方がよっぽどだよなーなんて思ってたらアレ本人が自分でそう呼ばせてんだって。本名が『薫』で女の子っぽい名前だからイヤなんだって。


 ブタゴリラについて造詣を深めたい訳じゃないんだ。だからね。挨拶ってのは大切なんだけど、じゃぁ何がどう大切なのかが上手く書けないんだな。挨拶の仕方一つでその日一日の質が変わるというか。何ていうか、ユンケル黄帝液を買うかユンケル黄帝ロイヤルを買うかくらいには変わってくると思うんだ。少なくともわたしはそう。だから自分自身も挨拶には気をつけたいと思っていて。


 例えば相手の顔を見ながら大きな声で笑顔の挨拶。こういうのを心掛けている。

 あとたまにいるんだけど、こっちが挨拶しても返さない人。そういう人にはガンガン挨拶するようにしている。そうするとそのうち相手も挨拶をしてくれるようになったりするから。挨拶は相手が返してくれるかどうかではなく、自分がするかどうかの問題だから。


 あと挨拶するならハッキリとした言葉でしたい。例えばおはようございますだったら、10人に7人は「ざいまーす」としか言ってないよね絶対に。そんなに手間かな。「おはようご」を省かなければイケないほどの労力かね。「ざーす」にいたっては、もうやる気がなさすぎだろ。ちょっとクリクリってしたらもう挿入かよナメるないやゴメンこれからも是非ナメなさい。

 我が部署にいる達人クラスになると、もはや「すーーー」しか言ってなかったりするからね。なんだよすーーーって屁かよすかしてんじゃねえぞ。


 あと一番気を付けたいというか、そうはなりたくはないなってのが、相手によって挨拶の『感じ』を変えること。


 そりゃ相手との立場や距離感で挨拶の仕方も変わるってのは分かるんだけど、普段は無愛想にしか挨拶しない人が社長に対してだけは全力で挨拶している姿なんかを見るとね。分かるんだけど、人間の底が見える気がするんだなぁ。


 若い時に読んだ本に描いてあったんだけど。

 誰の顔も名前も、一度聞いたらすぐに覚えてしまう記憶術の達人がいて。便宜上その人をキオくんとしようか。

 そのキオくんの噂を聞きつけたある人が、キオくんに相談すんの。わたしは部下がたくさんいるけど、部下の顔と名前が全然覚えられなくて困っていると。

 キオくんが言うには「意地を綺麗にすることです」と。相手が自分の上司だったり仕事上の大切なお得意様だったらあなたもすぐに顔と名前を覚えるでしょうと。あなたが部下の顔と名前を覚えられないのは、あなたが部下のことを下に見ているからですと。人と接する時に上下分け隔てなく同じように接すれば、誰の顔と名前でもすぐに覚えられるでしょうと。キオくん別に記憶術の達人でも何でもなく、ただの意地の綺麗な人だったんだよね。

 そんな考え方が自然にできるような心を持ちたいな。


 さて。そろそろゲームやりたいし書いているのに飽きちゃったからもうやめよう。

 

 最後に何か書いておくべきことがあるとするなら、アーサー・カールスのことかな。

 アーサー・カールス? 誰よそれ。ネットで調べても出てきませんよ。

 アーサー・カールス。それはこのブログの体現者と言って良い存在。

 わたしの文章は浅い。軽い。そして薄い。浅(あさ)・軽(かる)・薄(うす)。だからアーサー・カールス。これが彼について私が知っていることの全て。


 わたしのニックネームである『わいだん』 はすごぶる不人気だから、近々このアーサー・カールスを新しいニックネームにしようかな。


 四六時中こんなことばっかり考えてますよ。