俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

娘たちよ。そうだったのか。

 外食をする時、長女(12)と次女(9)は必ずジャンケンをする。どっちがわたしの隣に座るかを決めるためだ。罰ゲームじゃないぞ。二人ともわたしの隣に座りたいんだ。

 お出かけの時は、互いのスキをついてわたしと手を繋ごうとする。わたしと手を繋げなかった方は「ずるいー」と膨れる素振りを見せる。

 最近になってココアの美味しさに目覚めたわたしは、仕事から帰ってくるとまずココアを飲むことが習慣になった。するとどっちがわたしのココアを作るかを競うようになった。

 数え上げればキリがないのでもう止す。


 少し行き過ぎな感は否めないし、それで本当に揉めたりするので困ることもあるけど、長女も次女もわたしの事を好きでいてくれる。

 わたしはといえば、モチロンその光景に目を細めながら微笑ましく眺めているよ。はっはっは。こらこらお父さんの取り合いでケンカをいけないよ。まいったなぁ。わたしのカラダは一つしかないんだよほー。


 今日の朝、そんなことを電車に揺られながら思い浮かべていたら、わたくしどうやら衝撃的な事実に辿り着いてしまいました。


 もしかしたら娘たちは、父親からの愛情に飢えているんじゃないのかね?


 例えばだけどね。ずっと禁欲生活を強いられてきた男子寮に1枚のコンニャクを送りつけたらどうなるかね? 分かる人には分かるよね。筆舌に尽くしがたい惨状が繰り広げられるよね。みんなもう先っちょカウパーでヌルヌルだよね。エモいね?

 たぶんエモいの使い方は間違えてると思うけど、でもそういうことよ。娘たちはきっと父親の愛に飢えているんだ。だから過剰に父親を求めるんじゃないのかな。


 えーヤベーじゃんオレー。ヘラヘラしてる場合じゃなかったかい。おかしいな。わたしは娘たちに対して愛情表現を疎かにしてきたつもりはないんだけど。わたしにとって娘たちがいかに大切かつ特別であるかは、事あるごとに言葉と態度で表明してきたつもりだし。ちゃんと言葉に出して「愛している」と伝える程度には分かりやすく表現しているし。何かの間違いじゃないの?


 あーでも娘たちが小さい頃からベタベタはしてないな。いわゆる猫可愛がりみたいに、むやみやたらに可愛がるみたいなの。「こっちおいでおいで抱っこさせてよぅーあーかわいい!!」みたいなのはあまり覚えがないし今もしていないや。

 わたしの場合、あくまで事実に則って「ここは愛情を示すべきところと判断したから愛情を示しました」みたいな、ちょっとクールな愛情表現になっていると思う。


 これはわたしと娘たちとの距離感に要因があるのかもしれない。


 わたしは普段から、娘たちとは一人の人間・女性として接するために、意識して一定の距離を保つよう心掛けている。なぜなら娘たちは放っておいても勝手に親離れするだろうけど、きっとわたしは放っておいても子離れできないから。娘がいくつになっても子どものままにしか思えず、過保護だったり過干渉だったりしてしまいそうだから。

 でもこれがわたしと娘たちとの間に距離感を作ってしまい、わたしの愛情表現が必要以上にクールになってしまう要因かもしれないな。

 娘としてはまだまだ甘えたいんだから。一緒にいられる内は無理に距離をとって接しなくてもいいのかもしれない。離れる時は自然に、こちらが望まなくても離れてしまうんだから。

 

 あと、娘たちとの遊び方にも要因があるのかもしれないと思った。

 わたしは娘たちが物心ついた頃から一切遊んであげたことはなくて。これはわたしの信念なんだけど、わたしが娘たちと遊ぶ時は『遊ぶ』のであって、『遊んであげる』のではないんだな。友達同士で「今日遊んでくれる?」とは誘い合わないじゃない。対等な立場で『遊ぶ』から楽しいのであって。それは親と子の間にも言えると思っていて。


 これは娘たちだけじゃなくて、よその子に対しても同じ。

 甥っ子たちが小学生の頃は、奥さんの実家でよく一緒に遊んだ。そうすると祖父母が「遊んでもらってよかったね。ホラありがとうしなさい」って甥っ子たちに促すんだ。

 いや楽しく遊んだ後に遊んでくれてありがとうなんて言い合う友達いないよ。そりゃ俺は甥っ子たちとは友達じゃないけど少なくとも遊んであげた覚えなんてない。俺が遊びたいから遊んだのであって、俺も楽しいんだからお礼を言われる筋のものではないんだよと。

 祖父母に促されて甥っ子たちが「あそんでくれてありがとー」と棒読みで言うたびに、何ていうか、わたしと甥っ子たちの関係を薄っぺらいものにされてゆく気がして。

 祖父母も悪気など一切ないのは分かっていたからしばらくは我慢してたけど、ある時限界が来て奥さんを通してやめてもらうように伝えた。やんわりとね。それ以来言わなくなってくれた。

 わたしは子どもと遊ぶ時にはそんなことを大切にしている。3歳以下の子どもなら大人として遊んであげることもするけど、それ以上の歳の子ならガチで遊ぶ方が絶対に楽しいと思う。少なくともわたしはその方が楽しい。だから逆に接待遊びは上手じゃない。


 本気で遊ぶ弊害として、本当に遊びたくない時はわたしは絶対に遊ばない。「あそぼー」と言われても「遊ばねー今そういう気分じゃねー」と拒否する。4歳の姪っ子にすらそんな塩対応。だって遊ぶ気がないのにつまんない顔して遊ぶ方が失礼だもの。

 あと本気でケンカになる。なぜならわたしが本気だから。もちろん相手は子どもなので、必要ならハンデはつける。ハンデをつけた以上はわざと負けてあげたりしない。だから次女なんかとは本気でケンカになる。奥さんが仲介役になってやっと仲直りする感じ。長女はもうわたしを軽くいなす術を身につけているから揉めない。


 そんなわたしをわたしは好きだけど、でもそんなだからわたしはある意味ぜんぜん父親っぽくないな。

 娘と本気で遊ぶのもいいけど、でもその反面、親という存在に甘やかされるように特別扱いして遊んでもらうという経験を、わたしは娘たちにさせてあげてこなかったな。


 そんなわたしは先日、娘たちとのかけっこで容赦なくブッちぎって次女を号泣させてやりましたわ。その後とんでもない大惨事になったのだけど、それはまた別のお話。

 

※今回はタイトルと内容がバッチリ一致してると思うぞ。わたしにもやればできるんだ。

ナマけものさん (id:flightsloth)どうだ見ているかい。わたしのブログにキツネなどいねぇ。