俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

食べられないものは食べなくてもいいじゃん。

 やぁ。先週末の金曜日は会社の忘年会だったので、ラーメン屋さんでつけ麺大盛りを完食してから会に臨んだら、お腹いっぱい過ぎて出てきた料理のほとんどに手を付けることができなかったわたしが降臨。


 アホな行為と思われるかもしれないけれど、これはお肉を苦手とするわたしが忘年会を乗り切るために編み出した自衛手段。自衛といえば川平慈英。いいんです。

 「今年の忘年会は『肉森満太郎(仮名)』でやります」って言われたら、何も食べられるものがないのにお酒の量だけが増えて悪酔いしてオロロロロッてなるのは天の理そして地の自明なり。そりゃあらかじめつけ麺大盛りを食べておくより他ない。それかバーガーキングのダブルワッパーチーズでもいいよ。2コ。あとコーラの大っきいやつ。


 基本的に幹事様の決めたことに一切の文句は言わないけれど、それでも今回の忘年会を『肉森満太郎(仮名)』に決めた幹事様の頭を開頭してみたい衝動には駆られた。

 お肉が苦手なのは完全なるわたしの都合なので、そこを考慮してお店を決めて欲しいなんてワガママを言うつもりはなーい。ただ、大勢が集まればわたしの他にも様々な理由で「お肉はちょっと……」という人がいてもおかしくはないかなと。そしてそういうケースを想定するのであれば、わたしが幹事なら少なくとも肉森満太郎(仮名)みたいな、アビリティポイントを肉に全振りしたようなお店を選ぶことにはならないと思うから、やっぱり今回の幹事様の頭は一度くらい開頭してみなければネ。


 苦手な食べ物があると苦労をすることがままあるけれど、大人になるとその苦労は激減するね。自分でお金を稼ぐようになるから食べるものをかなり自由に選択できるのが大きい。それと、苦手なものをムリヤリに『食え食え』と迫ってくるなまはげみてぇな大人が周りからいなくなる。これもなにげに大きい要因。


 なまはげみたいな大人の最たるものといえば、わたしの世代では小中学校の給食時の先生。当時の基準では給食を残す人=極悪人という扱いだったから、苦手なものでも給食を残すことは絶対に許されていなかったし、そういう考えに対して先生も親もそれが当たり前だと思っていたはず。

 自分の母親もなまはげだった。わたしがお肉を食べられないのを知っているのに食卓にお肉を出してきたし。その度に「肉食えねー」「栄養のために食えー」「ムリー」「じゃ食うなー!!」ってなる。最終的にわたしのお肉が取り上げられて母親が食べるので、わたしの栄養のためという母親の理論もその時点で破綻してただ母親がカロリー過多。意味分からん。


 いつの時代も子どもの好き嫌いに苦労している親は多いんだろうけど、食べられないものは食べられないからね。食べ物を粗末にするとかそんなつもりはなくて、ただその食べ物がどうしても受け付けないだけ。わたしは食べ物を『嫌い』というのがヤダからあえてお肉を『苦手』と言っているけど、本当は口に入れただけでオエッってなっちゃうくらいにはお肉がダメ。もう意思ではなく体がそれを異物として拒絶するみたい。


 だから奥さんが作ってくれる毎日の食事では、奥さんや娘たちにお肉が出されることはあってもわたしには出ない。わたしには異様なほどに甘い奥さんは別メニューを用意してくれている。自分がそうしてもらっているからというわけではないけれど、娘たちの食べられないものも基本は出さない。

 それでいいと思っているけど。食べられない人に向けて食べられないものを出しても食べられないんだから、下手したらそれこそ食べ物のムダじゃないかな。


 でも食べられなくなるに至るまでの手順はちゃんと踏みたい。例えば「食べたくない」という子どもの主張を右から左に受け入れていてはダメで、それは受け流さなければいけないとムーディー勝山先生もおっしゃっている。食べたくないは知ったこっちゃないよ食べなさいよ体調が悪くない限りは。問題としているのはどうしても食べられないものなんだから。

 ウチの場合は娘たちが食べたことのないものに出くわした時は、必ず一度は食べるように強いてきた。嫌がってもダメ。食べたこともないのに好き嫌いのジャッジをすることは許さない。絶対に一度は食べてもらう。それもできる限り先入観なく美味しいものだと思って食べてもらう。そしてよほど苦手ではない限りはその後も食べてもらう。

 そういうことを繰り返す内に、「あ、この子ほんとにコレダメだわ」ってのが分かってくるから。その結果が長女(12)はシイタケ、次女(09)はトマト。これらは食べることを強制しない。我が家ではそういう手順を踏んでいる。


 だいたい食べ物の好き嫌いがあったって大したことじゃないよね。自分だって食べられないものがあって苦労はしたけどちゃんとここまで生きてこられたし。それを分かっているはずなのに、親という立場になるとそれを見失いがち。食べ物の好き嫌いが一生を左右するなんてことはまずないし、自分の子どもに好き嫌いさせないようになんて必死にならなくてもいいと思うんだけどな。もちろん程度の問題ではあるけれど。