俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

『おやすみ、ロジャー』が大嫌いだった3年前のわたしは浅はかだった。

 やぁ。昨夜の寝しなに些細なことで長女(12)を怒ってしまい、罪悪感に押しつぶされながら寝て起きて、長女のダイニングテーブルの席に「昨日は怒ってしまってゴメンナサイ」という置き手紙を残して出社したわたしが降臨。


 先日、グランツリー武蔵小杉の本屋さんに行った時に『だいじょうぶだよ、モリス』という平積みされた本を見つけました。

 

だいじょうぶだよ、モリス 「こわい」と「いやだ」がなくなる絵本

だいじょうぶだよ、モリス 「こわい」と「いやだ」がなくなる絵本

 


 何が大丈夫でモリスが誰なのかは知らないけれど、わたしの知っているモリスといえば、『ヤース・キーヨ』の登場以後、長らく低迷していたルネサンス期のお笑いに新風を吹き込んだお笑いコンビ『モリス・コリス』しか知らず、勉強不足で誠にお恥ずかしい限りですが、それは真っ赤なウソです。


 『真っ赤なウソ』というのはやはり、うっそぴょーんと言って出す舌はいつの時代も赤々としていたからなのでしょうか。そうであるならば、冷たい飲食物を摂りすぎて白くなってしまった舌の持ち主ばかりだったらきっと『真っ白なウソ』となっていたわけですが、その場合はウソをつくという腹黒い行為をしているのに真っ白という心に一点の曇もなさそうな表現になってしまい、何だか全体的にとりとめのないことになってしまいますが、それは今回のテーマには一切無関係という諸行無常な文章を書くのがわたしなのですあしからず。


 だいモリ(だいじょうぶだよ、モリスの略)の隣に目をやりますと、『おやすみ、ロジャー』が平積みにされていました。あぁそうかと合点がいきました。アレです。なんかタイトルの感じからしてこれ、そのシリーズのやつですね。

 

 『おやすみ、ロジャー』は、この本を読めばどんなに寝ない子もすぐに眠りにつくという触れ込みの有名な絵本です。

 

おやすみ、ロジャー  魔法のぐっすり絵本

おやすみ、ロジャー 魔法のぐっすり絵本

 


 ウチでも奥さんが3年前に娘たちに読んであげたことがありました。結果は当時長女(9)が10分で寝落ち、次女(6)は全然寝なかったという実力の絵本。もちろん個人差がありますのでそういうこともありますハイ。


 ストーリー的なものはほとんど覚えていないのですが、この本に関してはネガティブな印象をいだいた事だけは覚えています。ハッキリ言うならこの本が大嫌いだったということですね。

 溢れ出る暗示感、催眠術感といえばいいのでしょうか。本文中に「眠い」「疲れた」などの眠りを連想させるワードがそう、まるで天の川に広がるきらめく星々のように散りばめられていました。そしてそれらのワードは太字になっていて、そこを読む時は強調するようにとの指示がなされていたのです。

 寝かしつけの時の読み聞かせは主に奥さんがやってくれていたのですけど、愛娘たちに向かって何度も何度も「眠い〜」とか「疲れた〜」という言葉を、それこそ呪詛のように繰り返し聞かせている奥さんを見ていると、まるで何も知らない幼子を魔の道へと洗脳しようとする魔女に思えてきてしまったのです。もっと分かりやすく言うなら……例えばですけど、深夜寝静まったタラオの耳元で「キミがゆうべ見たのはパパとママのプロレスごっこだよ。キミがゆうべ見たのはパパとママのプロレスごっこだよ」と、昨夜の情事をタラオに目撃されてしまった事実を何とか隠蔽しようとするマスオ、といったところでしょうか。うーん分かりにくぅい!!


 とにかく。わたしは絵本を読み聞かせている奥さんの姿や声が好きでした。大げさかもしれませんが『大いなる母の愛』みたいなものを勝手に感じていたし、母の声を聞きながら安心して眠る娘たちが愛おしくもあったのです。だから寝る時の読み聞かせの時間は、わたしにとっても大切な時間でした。

 だからこそですね。この母と子の大切なコミュニケーションの時間でもある読み聞かせを、単に寝かしつけるためだけのタスクに貶めた血の通わないおやロジャ(おやすみ、ロジャーの略)が許せなかったわけですわたしは。


 なんて、正直そこまでの強い感情ではありませんでしたけど、まぁそれに近い感じでこのおやロジャを嫌っていましたね。それと親ならこんな催眠術みたいな絵本に頼ってんじゃないよ、とも思っていました。

 でもあれから3年が経ち、久しぶりにこの本を目にしたわたしは今、3年前のわたしをこう思っています。「バカじゃねぇの?」と。


 寝かしつけの読み聞かせが母と子の大切なコミュニケーションの時間であること。それは今でもそう思っています。でもそれを勝手に神聖視してはいけない。そして母性も神聖視してはダメです。わたしを含めて男性はこういう傾向があると思いますよ。でもダメです。母親は間違いなく偉大ですが、水が上から下に流れるくらいに当然に一人の人間です。疲れもすれば虫の居所の悪い時もあります。そんな時でも時間が来れば、忙しい手を止めて寝かしつけなければなりません。チョロっと絵本を読んでコロッと寝てくれれば苦労も少ないですが、実際はんなこたぁない(←タモさん風味)。だってあいつら全然寝ねぇんだから。寝かしつけは闘いなんです。


 そんな時に、『この本を読めばどんなに寝ない子もすぐに眠りにつく』という触れ込みの有名な絵本があったら、それを試してみようと思うことはそんなにいけないことでしょうか? え、何言っているんですか。全然いいにきまっているじゃないですか。誰ですか親ならこんな本に頼るなとかホザいているバカ者はそれは何と3年前のわたし自身。3年前のわたしくらい大目に見ろよ開き直るその態度が気に入らないのよ3年目のわたしくらい大目に見てよ両手を付いて謝ったって許してあげない!!


 読み聞かせはわたしもよくしましたけど、わたしはすぐに笑いを取りにいってしまって娘たちが全然寝ないという弊害がありましたから、わたしの寝かしつけ能力は皆無に等しいものでした。それとやはり寝かしつけは母親の方が娘たちも落ち着くようでした。ようするに寝かしつけに関してわたしは無力というわけです。父親というものはどこまで行っても母親には敵わないものですネ。


 というわけで、『おやすみ、ロジャー』ですけど、今ならわたし、この本を受け入れられます。

 でも誰かにおすすめするかと聞かれれば、まぁしないですね。だって面白くないんだもん絵本として。