俺があいつを見返す日。

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わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

『かがみの孤城』を読んだ。ネタバレはない。たぶん。

最近になって小説を読みはじめた長女(13)が、「すごく面白かった」と薦めてくれたのが、この『かがみの孤城』だった。

 

かがみの孤城

かがみの孤城

 

 


長女だけでなく奥さんも太鼓判を押していたので、それならとわたしも読んでみたら、とても面白かった。

 

新田真剣佑さんが初見から超絶イケメンであるのと同じように、面白い本も最初の数ページ、あるいは数行からもう面白い。

きっとそうあるべきなのだと思う。

いくら読み進めても物語に引き込まれない小説に、大切な時間を割くことはできない。だからこそ最初の数ページが肝要なのだ。


新田真剣佑さんがいかに超絶イケメンでも、初対面で大量の鼻毛を露出していたら、そんな人に今後の淡い恋心を向けるわけにはいかない。だからこそ初対面は重要なのだ。


初めが肝心とはよく言ったもので。

長女はこれまでほとんど小説を読んだ事がなかったから、初期段階でこういう面白い本に出会えた事は、とても運が良かったと思う。

わたしは26歳まで小説など読んだことがなかったが、27歳の誕生日を期に本を読む事を決意し、古本屋さんで手に取ったのがシドニィシェルダンの『ゲームの達人』だった。

この本がむちゃくちゃ面白くて、そこからわたしは本が好きになった。

最初にどんなものに出会うか。それはとても重要だ。


そう考えれば『ウニに人生の半分を捧げている人』の言うことも、あながち間違ってはいない事になる。


わたしが「俺ウニいまいち苦手なんだよね」と言うと「あー。それいいウニ食ったことないんだわ。人生半分損してるよそれ」と言ってくる人のことだ。一定数いる。


あなたの言う『いいウニ』の定義が分からないが、あくまでわたしの経済的事情としてはそれなりの金額を支払った上でウニを食べ、それでも残念ながらウニはわたしの口には合わなかった。

わたしはあなたがウニに自分の人生の半分の価値を見出す事は自由だと思うので否定もしないが、ウニ生産者でもないわたしはウニにそこまでの価値を見出だせるとは思えない。

よって今後二度とわたしに断りなく勝手にわたしの人生をジャッジするな黙れ小僧。そしてお前の言うその『いいウニ』の発注と代金はお前が負担してわたしの自宅に送付しろ。わたしに精神的苦痛を与えた賠償だ。


こういう人は大抵において他の食べ物についても同じような事を言うので、その人の人生のほぼ全てが何かしらの食べ物に捧げられていて幸せだと思う。

少なくともこういう毒にも薬にもならない屁理屈をこねるわたしなどよりは。

 

何の話か。

本の話ではなかったか。

本題に戻ろう。


物語の仔細に触れてしまうのは避けたいのだが、一つだけ。主人公の女子中学生は学校に行っていない。


以前の記事でも触れたように。長女は場面緘黙症なので、学校ではほとんど話せないし動けない。

それでも懸命に中学校に通い続けている長女は、本当にすごいと思う。

わたしが長女と同じ境遇なら、間違いなく学校には通えていない。

もう人として尊敬している。


長女には、学校に行けなきゃ行けないでいいとは伝えている。無理だと思ったら行くのをやめてもいいと。宿題がイヤで行きませんじゃ困るが。


逃げられる環境なら逃げてもいいじゃん。

逃げると言うとネガティブにしか聞こえないが、場合によっては逃げる事は何かに立ち向かう事と同じくらいの勇気が必要だと思っている。

なぜなら逃げるということに立ち向かっているわけだから。


だから敢えて『逃げる』という表現は改めない。逃げるでいい。逃げるがいい。

これは自分も苦手とすることだが、人は逃げるということをもっと上手になった方がいい。逃げた後のことは逃げたあとで考えたらいい。取り敢えず危険なところからは離れて身の安全の確保を。向こうに熊がいるのに「逃げちゃダメだ」などと言うつもりか? そういうのはサードチルドレンの碇シンジ君だけでいい。


仮にこの先に長女が逃げるという選択をしても、絶対に責めたりせず、逃げることを選択したその勇気を褒めてあげたい。

出来るかどうか分からないが。


そのためには「弱音を言っても逃げても責められない」という家庭の空気づくりが大切だと思っている。

一番怖いのは、学校であったことを気軽に家庭で家族に話せないことだ。

わたしは会社での愚痴や弱音を家族の前で言うのを良しとしないが、それでも夕食の場などで敢えて口にすることがある。


親がそういう姿を見せることによって、そういう事を言ってもいい空気ができる。

そうすれば娘たちも同じ様に学校のことを話してくれるかも知れない。話してくれれば、そこに含まれている大切なことやトラブルへの対処も出来る。


だからわたしは定期的に会社をズル休みしちゃったりする。

これも、そういう親の姿を敢えて娘たちに見せることが目的だ。あぁ疲れたら休んでも良いんだと言うことを分かってもらいたい。切に。本当だ。

 

なんて事を、鏡の弧城を読み終わって思った。

本を読んだのは久しぶりだ。面白い本を読むと、途端に読書のスイッチが入る。


でもなかなかに本を読む時間が取れなかったりする。こんなわたしでも日々それなりに忙しかったりするからだ。

ゲームをしたり自慰をしたり映画を観たり自慰をしたりスマホをイジったり奥さんをイジったり自慰をしたり。忙しい。


するよ自慰。普通に。老いたとはいえ40代。まだまだ現役だし原液。ナメんな。チャンスさえあれば毎日だってする。

Hey Jii。エッチな動画を再生して。


どこで歯車が狂ってしまったのか。図らずもわたしはここに自慰の表明をするに至ってしまったわけだが、わたしのようなジジイのジイはともかくとして、ここ最近奥さんのことはイジってない。


仕方がない。

ウチは家族4人が一つの部屋で寝ているから。身体が触れるくらい近くに娘たちがいたら、そりゃそんな簡単にはコトに及べない。

だから決して奥さんに魅力を感じなくなったとか、わたしの精力が減退したとか、そんな話ではない。


つーかウチの夫婦のセックス事情など放っておけ。

だいたいこれは本の話ではなかったか。