俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

屋台の焼きそばを食べさせるべきか否か。それが問題だ。

先日、知人(男性)から聞いた話。

 

知人の子ども(7歳 男)の誕生日。

お祝いに、ちょっといいとこでご飯を食べようと言う話になったらしい。

でもちょっとしたモメ事が発生。


その食事処に行く前に立ち寄った場所で、子どもがお腹を空かせてしまって。

屋台の焼きそばを指差して「あれ食べたい」と言い出した。


知人は食べさせなかった。

だってこの後、ちょっといいとこでご飯を食べるつもりだったから。

いま屋台の焼きそばで腹一杯になられちゃたまらんと。


だから知人は子どもに言った。

もうちょっと我慢しよう。このあと美味しいもの食べに行くからと。そう宥めた。


でも子どもは言うことを聞かなかった。

やだ。絶対に焼きそば食べたいとゴネだした。

だから知人は叱った。少しきつめに。

子どもは泣いた。


その後、ちょっといいとこに食事に行った。

そしてちょっといいご飯を食べた。

子どもは焼きそばが食べられなかったのでご機嫌斜め。

当然、美味しそうにも満足しているようにも見えない。


知人も「せっかく連れてきたのに」となった。

また子どもが泣いた。

暗いCry誕生日。


そんな話だった。

 

その話を聞いて、知人には「大変だったね」って言うに留まったけど、実は本音ではこう思ってた。


食べさせてあげても良かったんじゃないかねって。

屋台の焼きそばをさ。


だって、誕生日だから子どもに美味しいものを食べさせてあげて、喜んで欲しかったわけでしょ。


レストランを予約してて、コース料理が出てくるとかだったら仕方ないけど。

そうじゃないなら、別に屋台の焼きそばでも良くない?

本人が食べたいって言ってるんだから。きっと美味しがってくれるし、喜んでもくれるよ。


ダメかね。 それで目的は立派に達成していると思うんだけど。


だいたい子どもなんて、ねるねるねるねとか食って「おいしい」とかほざく生き物なんだから。

いいもん食ったって大して分かりゃしないし、特段に喜んだりはしないでしょ。


だってあいつらって、夢庵でも藍屋でも、なーんも反応変わらんもん。

つっても今はどっちもそんなに変わんないか。


その子どもにとってどっちに価値があるのか。

さんざん待たされて食べるちょっといい食事と。

お腹空いた時にすぐそこで買って食べられる屋台の焼きそばと。

わたしはこのケースだったら、屋台の焼きそばの方に価値があると思っちゃうんだけどな。

 

わたしもそうだから、多分に自戒の念も込められてんだけど、いつの間にか目的が『喜んでほしい』じゃなくて『喜ばせたい』になっちゃうんだよ。


喜ばせたいと思うから『ちょっといいとこでの食事』にこだわるし、それで子どもが喜ばなきゃ『せっかく連れてきてあげたのに』ってなる。

「せっかく連れてきてあげてるのに喜ばないとは何事か!!」って、何この恐怖政治。

本質を見誤っちゃってるんだ。

 

長女(13)の入れてくれたサクランボの紅茶を飲みながら、そんな事を思ったイブニング。