俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

異人さんになれたかもしれなかったあの時。

 

童謡『赤い靴』。

赤い靴を履いていた女の子がひいじいさんに連れられて行ってしまった歌だけど、子どもの頃はこれがすごく怖かった。


でも今なら分かる。何一つ怖がることはなかった。

ひいじいさんだもの。ざっくり見積もってヨボヨボ。しっかり見積もってもヨボヨボ。入社半年の新人さんが見積もったら、ちょっと詰めが甘くなるからヨボヨボヨボかな。

いずれにしても全然怖くはないヨボよ。


だから子どもの頃のわたしが怖かったのは、ひいじいさんじゃなくてきっと「連れられて」の部分だったんだろうなと、長き時を経て今、改めて思っている。


というかひいじいさんじゃなくて「異人さん」だったんだけどね。でもそれに気付くのはもう少し後のこと。

 

そう。わたしは異人さんになりたかった。そうなの? わたしも全然知らなかったけど。でも今回はどうやらそういう話みたいよ。


そしてわたしのこれまでの人生において、たった一度だけ異人さんになれるチャンスがあった。


あの局面を乗り越えられていたなら、わたしは今とは全く違う人生を送っていたかもしれない。


今回はそんなお話。

 


それは10年以上も前のこと。

とあるショッピングモールの靴屋さんで、わたしは赤い靴に心を奪われた。


残念だけど、靴の詳細なデザインを皆さんにお伝えすることは出来ない。

わたしの脳は記憶容量の都合で、原則約3年で記憶が順次上書きされる残念な仕様。10年前に見た靴の仔細までは覚えていられないんだ。


わたしなどはまだマシ。上には上がいるよ。それが宇崎竜童さん。

彼の場合、ちょっと前なら覚えちゃいるが、1年前だとちと分からねえという驚異の1年上書き仕様。さすが宇崎。すごいぜ竜童。

 

 

心奪われたその赤い靴は、試しに履いてみたら全然ダメだった。

つま先付近の締め付けがキツ過ぎてひどく痛んだ。どうやらわたしの足の形には合わなかったみたい。


いくら気に入っていても、履けなければ靴ですらない。もはや用途不明の布製品だ。

わたしが茶道を嗜む風雅な男なら、あるいは茶室の床の間に花入れとして飾ったかもしれないけどね。

 

わたしが購入を諦めて、試し履きしていたその靴を脱ごうとした時、近くの女性店員さんと目が合ってしまった。

イヤだ。来るな。あっち行って。悪いけど店員さんに話しかけられるのは得意じゃないんだ。


どうせ「よくお似合いですよぉ」とか言うんだろ? バブルス君がその靴を履いても同じこと言うくせに。10年前でもわたしは35歳。そんな方便を真に受けるほど幼くはないよ。


だいたい何だその甲高い声は。マルフォイに地声より2オクターブ高くなる呪いでも掛けられたのか。それか控室にいる店長にデンモクでシャープ死ぬほど押されたか。

 

そうやってわたしが斜に構えていると、女性店員さんは予想外の言葉を口にした。


「その靴はカタチ的にヨーロッパ人の足じゃないと合わなくて。日本人で合う人はすごく少ないんですよぉ」

 

ナメてんのかこの野郎。

ヨーロッパ人の足にしか合わない形の靴を、何でこの日本で売ってんだよアホか。

身体が日本人で足がヨーロッパ人とか、そんな鵺(ぬえ)みてえな日本人がお前らの商売のターゲット層か。


やめとけ。売れるはずがない。どうしてもやりたきゃ日本全国を巡って寅さん探してこい。彼ほどの売(バイ)の腕がなければこの商品の展開は厳しいぞ。

 

でも気が付くとわたしは、その赤い靴を持って店の外にいた。わたしはその靴を買っていたんだ。


試し履きはした。そしてその靴は間違いなくわたしの足にはキツ過ぎた。

それなのにわたしは店員さんに「いやぁ、これピッタリですよ」と言ってしまったんだ。


店員さんには「え、ホントですか? キツくないですか? 大丈夫ですか?」と念を押された。

俺の顔のどこにヨーロッパ風味が感じられる? ウソだしキツイし全然大丈夫じゃないに決まってんだろ。


隣にいた奥さんにも「ホントに? 無理しなくていいんだよ?」と何度も言われた。

さすが我が妻。わたしの性格を熟知している。


それでもわたしは大丈夫だからと請け負い、その靴を購入した。

 

「日本人で合う人はすごく少ないんですよぉ」

そんな風に言われた後に「そうですね合いませんね」とは、どうしても言えなかった。


わたしは『選ばれし人間』になりたかった。どうしても『ヨーロッパ人の足を持つごくわずかな日本人』の称号が欲しかった。


「あーやっぱりね。あなたもしょせん普通の日本人の足なのね。あーあ、なんかガッカリしちゃった」

店員さんにそう思われるのが耐えられなかった。だから見栄を張った。

 

赤い靴はすぐに捨てた。

次の日にさっそく履いて通勤してみたら、つま先が痛すぎて徒歩15分の最寄り駅まで辿り着くことが出来なかった。

マジで半泣きになりながら家に帰った。その日は会社を休んだ。


あの時。痛みをこらえて通勤できていれば、わたしの足はヨーロッパ人、そう、異人さんの足になれのかもしれない。


でも残念ながら、わたしの足は異人さんにはなれなかった。そしておそらくはこの先も、わたしの足が異人さんになることはないだろう。


しかしこれからのわたしの精進によっては、異人さんの足にはなれなくても、偉人さんの足にはなれるかもしれない。


頑張ろう。

いつかは立派な足になれるように。