俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

うるせえガキどもにムカついたけど、得るものもあったようななかったような。

4歳くらいの女の子をベビーカーに乗せて、5歳くらいの男の子の手を引いたお母さんが電車に乗ってきた。


その子どもら、荒ぶる神の如し。

尋常ならざる大声で叫びまくる。狭い車内を他人にぶつかりながら走り回る。靴を脱がずに椅子に乗って飛び跳ねる。


誰かが地獄の釜のフタを開けたのか。それともブートジョロキアでも食わされたか。そうでも考えないと、この常軌を逸した暴れっぷりの説明がつかない。

 

ひとしきり騒いだあと、子どもたちは「のどかわいたー!!」を5回ほどリフレインした。


お母さんがバッグからお茶を取り出して与えると、「おちゃやだー!」と騒ぎ出した。


お母さんがジュースを持っていないことを知ると、今度は「じゅーすがいーい!!」を10回ほどリフレインした。

 

子どもがムダに騒ぐものであることは分かっているつもりだが、ダメだコイツらムカつくわ。


うるせえんだよガキども。ちょっとおとなしくしろよイライラするからよ。とりあえずそのリフレインをやめろ。


お前らは魔法使いか? お前らの言葉は不可能を可能にする呪文なのかよ。ジュースジュース言ってりゃそのうち本当にジュースが出て来ると思ってんのか?

出てくるのかもしれないな普段は。だからこんなに騒ぎまくるんだろ。


ねえよ。ねえんだよジュースは。この電車に自販機はないし、車内販売のワゴンも来ねえ。

分かったら黙れ。黙ってお母さんが出してくれたお茶を感謝して飲めよ。


「子どもが騒がしかったくらいで」と思うかもしれない。だがそれは甘い。各自が想像する5倍は騒がしいと思ってくれて差し支えない。


例えるなら、ミッキーマウス1匹か菅田将暉1匹かスズメバチ3匹。そのいずれかを車内に投入したと考えれば、その騒がしさの想像が付きやすい。

 

それは、とある駅に着いた時に起こった。


電車のドアが開いた瞬間、お母さんが子どもたちを置いて「ぴょんっ」と電車から降りてしまったのだ。


アヒャーッ。大変なことが起こった。いくら注意しても言うことを聞かない子どもたちに嫌気が差し、ついにお母さんが育児放棄をしてしまったのだ。


目の前で繰り広げられた問答無用のネグレストを目の当たりにして、わたしは一歩も動けないでいた。どうしよう。どうすればいい。どうすべきか。わたしは焦った。


しかしわたしの焦りはすぐに杞憂だと分かった。お母さんと入れ替わりで、スーツ姿のお父さんが車内に乗って来ていたのだ。


電車のドアが締まり、ホームから笑顔で子どもたちに手を振るお母さん。

電車が動き始め、次第に遠ざかる母親を黙って目で追う子どもたち。


母親の姿が見えなくなり、お父さんの方を振り返った子どもたちの目には、今にもこぼれ落ちそうなくらいに涙が溜まっていた。


「何でぇ? ママはぁ?」とお父さんに聞く子どもたち。


「後で会えるよ」と答えるお父さん。


父の言葉をキッカケに、子どもたちは火が付いたように泣き出した。


どうやら子どもたちは、父と母が途中の駅でバトンタッチすることを一切知らされていなかったようだ。


「ママがいいー!! パパやだー!!」


マジで50回以上はリフレインしていただろう。


つーか両親。せめてちゃんと子どもらに話を通しておいてあげろよ。それまで普通に笑って話してたママが急にいなくなったんだぞ。年端もゆかぬ子どもならそうなるよ。そりゃかわいそうだわ。


それまで子どもたちに向けられていたわたしの怒りは、交代で乗ってきたお父さんに向かった。

 

この父親は全然ダメだ。話にならない。


電車内で、自分の子どもたちが大声で泣き叫んでいるというのに、一向に言って聞かせる気配がない。


「どの駅でおりるんだっけぇ?」


「帰ったら何食べようかぁ?」


と、終始ヘラヘラしてかわすだけ。


その内どういう流れか、子どもたちがお父さんに殴る蹴るの暴行を加えるという構図になった。


それでもお父さんは笑って「痛い痛いやめてー」と言うだけ。


情けねえ父親だ。

公共の場において騒ぐ我が子をまともに注意出来ないばかりか、あまつさえ増長した子どもらに殴られてもただヘラヘラするだけかよ。


しかしわたしはある変化に気が付いた。

あれだけ泣き喚いていた子どもたちの声が、いつしか楽しげな笑い声に変わっていたのだ。


同じ大声でも、泣き声と笑い声では耳への障り方が違う。天岩戸に隠れた天照大御神に戸を開けさせたのも笑い声。笑い声は偉大だ。


オイオイ。

ひょっとしてこのお父さん、ものすごく高度な教育理念をお持ちの方なのか?

それとも全く何も考えていないだけのパッパラパー?


どちらなのかはイマイチ判断がつかないが、そういえばお母さんも騒ぐ子どもたちを叱る様子は一切なかった。

もしかしてこの両親は『叱らない育児』を実践しているクチか。


ムリだ。

もしわたしがこの父親と同じ状況下におかれていたら、絶対にこう言う。


「うるさい。泣くな。お前らがどれだけ泣いてもお母さんは来ないんだよ。どうにもならないなら泣くだけ無駄なんだから、さっさと気持ちを切り替えろ。お前ら俺の前でしょうもないことで泣き続けて、今までに良いことあったか? ないだろ。俺が怒りだす前にその辺でやめとけ」


事実わたしは実際にそうやって娘たちを育ててきた。だからわたしの記憶の中には、駄々をこねて泣く娘たちの記憶は一切ない。


わたしは娘たちの考えは尊重し、出来るだけ制限はかけないようにしているつもりだ。

だがその副作用として、時に増長して制御の効かなくなった彼女らに対し、父親の言葉が鶴の一声になれることも必要だというのかわたしの持論だ。


そのため、時に前述のように有無を言わせない圧力で頭を押さえつける事もしてきた。


だから今でも何かあっても「お前ら俺を怒らせたいのか?」「それ以上はどうなるか分かるよな?」の一言で終わらせられる。


これが正しかったのかどうかは分からない。賛否はあるだろう。

事実、わたしがこれまでの子育てで後悔していることの一つに、泣くことを許さなかったことというのもある。

 

泣き声を出させずに抑えつけてきたわたしと、最終的に泣き声を笑い声に変えたこのお父さん。

やり方はいろいろある。


電車内は非常にうるさかったけど、勉強になりました。押忍。