俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

『夢をあきらめないで』を勘違いしていた。あと寺田心さんと時々ハゲおやじ。

ズボンのポケットに左手を突っ込み、右手の通勤カバンを肩にかけ、ふんぞり返って道の真ん中を偉そうに歩いている50代くらいのスーツ姿のハゲた男性がいた。


誤解しないで。『ハゲ』の部分に悪意はない。近い将来に自分も通るであろう道。悪意などあるものか。

気に入らないなら表現を変えようか。


①髪が少ない人


②髪が多くない人


帰属意識の低い毛根が多く所属する頭皮のオーナー

 

どれにする? うるせえわたしのおすすめは③だ。

それでは改めて。

 

ズボンのポケットに左手を突っ込み、右手の通勤カバンを肩にかけ、ふんぞり返って道の真ん中を偉そうに歩いている50代くらいのスーツ姿の帰属意識の低い毛根が多く所属する頭皮のオーナーがいた。


何か深い理由でもあるのか。それとも一休さんのマネでもしているのか。意地悪な商人に「このはしわたるべからず」みたいなトンチでも出されたか?


その真意が不明なので滅多なことを言うべきではないが、もしかしてオーナー、それカッコいいと思ってやっていたりするのかい?


え、ごめんカッコ悪いかも。いやハゲがじゃなくてその歩き方がさ。そういう威圧的な歩き方、わたしもやってたよ。10代の頃にね。

その経験から言わせてもらうと、多分だけどそれカッコ良くないわ。勘違いだから今からでもやめた方がいい。


まぁ余計なお世話だろうけど。勘違いは誰にでもあるものだしね。

 

かく言うわたしも、つい最近まで勘違いしていた事があった。

岡村孝子さんの『夢をあきらめないで』という曲がある。

この曲は若い時のわたしの応援ソングだった。


♪あなたの夢をあきらめないで

♪熱く生きる瞳が好きだわ

♪負けないように悔やまぬように

♪あなたらしく輝いてね


自分らしさにこだわるあまり、周囲と衝突してばかりだったあの頃のわたしは、このサビの歌詞にとても勇気づけられた。きっと自分が自分らしくあっていいんだと認められている気がしたのだと思う。


だが、つい最近になって気がついたことがある。これは別れの曲だ。

いや、別れの曲だというのは知っていたんだけど。でもそれはホラ、夢を追いかけて遠くへ旅立つ誰かとの別れであって、それを頑張れ諦めるなとエールを送っている歌だと思っていた。


でも歌詞をよく読むと、ちょっとキナ臭え部分がある。


♪優しい言葉 探せないまま

♪冷えたその手を振り続けた


前途洋々の門出を祝うべき相手に優しい言葉が探せない。しかもその手は冷えていると来た。おっとこれは事情が変わった恐れがあるぞ。

そして極めつけはこの歌詞。


♪似てる誰かを愛せるから


やはり事情が変わったか。ならばルネッサーンス!

何とこの曲は、愛する誰かと別れなければならない歌だったのか。


無理。ナニ言ってんの?

「似てる誰かを愛せるから」って。 自分の愛した人の幸せを、自分がその人のそばにいられないにも関わらず祈り続けることなんて可能なのか? そういう愛の形が本当にあるのか? 孝子おめえそれ和尚。そんな達観した事が出来るのは和尚のみ。宗派は問わない。

 

わたしの思い出の応援ソングが、一つの愛が終わる悲しき別れの曲だった事に20年以上気がつかなかった。


それだけでもわたしにとっては十分に衝撃的な出来事だったが、そんなわたしに追い打ちをかけるように、さらなる衝撃的なニュースが次女(10)によってもたらされた。

 

寺田心君が11歳だったというのだ!!

 

それはないわ。7歳くらいでしょアレ。

だって11歳っていったら小学5年生だぞ。高学年だよ。低学年の手を引いて遠足とか行っちゃう立場の人間だ。

だっておかしいって。ついこないだ彼が出てる何かのCMを観たけど、相も変わらず泣いてたよ確か。


時が移ろい過ぎだろ。11歳なんて、もう少しで声変わりしちゃうじゃないかって言っちゃったあと泣けてきた。また涙目のアナタを見て笑って泣いた。


今日はホント、サンチュ。