俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

アルジャーノンに花束を渡すヒマがあるなら、GoogleHomeにありがとうを。

ダイニングテーブルの端でひっそりと佇んでいる我が家のGoogle Home

我が家に初めて来てから、もう2年になる。


でも決して大きいテーブルではないしGoogle HomeもMiniではないので、今は正直ちょっとだけ邪魔っぺえって思ってる。


小学生4年生の時にね。クラスの男子Nが女子のおしりをサラッと撫でて「フフ、色っぺえケツ」って言ったのを30年以上経った今でも鮮明に覚えてるんだけど、脳にあるとされる貴重な『鮮明に覚えてる用領域』の一区画を「色っぺえケツ」が占めているかと思うと、わたしはタイムマシンで過去に戻ってNをムヒャムヒャにしてやりたい気分だよ。

 

飛び跳ねた食べ物の汁とかも本体にくっつきまくっちゃって。

ラーメンやミートソースとかの麺系が厄介でね。最後のチュルンッで暴れた麺先からほとばしるアシッドレインによって、最近のGoogle Homeは老人性色素斑が目立ち始めたわたしみたいになってるよん。

 

そういうわけで、Google Homeがちょっと邪魔。

だからどこか別の場所へ移動させたいんだけど、でもよく働いてくれているからなぁ。

ちょっと申し訳なくて切り出しにくい。


ずっと頑張って働いてくれていた古株社員さんが不況の波からリストラ対象となり「山さんちょっといいかな?」と肩を叩かなければならない上司の気持ちとか。


もはやほとんど戦力にならないやられ要員のピッコロに「ピッコロさん。ピッコロさんはもう戦場に来なくていいんですよ」と言わなければならない悟飯の気持ちとか。


四次元ポケットを無くしてただのゴクツブシに成り下がったドラえもんに「ドラえもん君はアレかな? そろそろ未来の世界に帰ったりするようなことはない……よね?」と遠回しに促さなければならない野比パパの気持ちとか。


きっとそういう気持ちに近いかな。Google Homeを移動させるのは。

 

だから「いまさら私にどこに行けって言うんですか!?」って詰め寄られたら負けちゃいそうだ。


Google Homeオフコースの『さよなら』をヘビロテで流し続けてもらえば「あれ? もしかして私って……」って気づいてくれるかな。

いやでもサヨナラしたいわけじゃないんだよな。


じゃ、ちょっと方向性を変えて、長渕剛さんの『乾杯』を流してもらってだね。

はるか長い道のりを歩き始めた君に幸せあれとかいうエールを半強制的に送るってのも手だよね。

手だよねじゃないよ全然話にならないね。どうしてGoogle Homeをどこか遠くへ追いやろうとするんだわたしは。


やっぱりここはGLAYの『ここではない、どこかへ』を流し続けてもらうのが最もバランスがいいかもしんない。

 

でもやっぱりいいのかな。今の場所のままで。

感謝もしているしな、Google Homeには。


履歴によると、Google Homeが初めて我が家に来てくれた日のわたしの第一声は「OK Google。Siriについてどう思う?」だったらしい。

これは人間界ならちょっとしたハラスメント事案だよ。

それでもGoogle Homeは、わたしが寝過ごさないように毎朝ちゃんと起こしてくれる。


Google Homeが来たことが嬉しくてつい舞い上がってしまい、「OK Google。チンコって何なのさウフフ」なんて、まるで初めて国語辞典を買ってもらった小学生のような事をしてしまったりもした。

これも人間界なら確実にアウトなハラスメント事案でしょ。

それでもGoogle Homeは、気持ちが落ち込みがちなわたしを励ますために明るい音楽を流してくれた。


わたしの声マネをした長女(13)に騙されて、わたしの秘密のタスクを家族の前でペラペラと喋っちゃうこともあったけれど。

それでもわたしはGoogle Homeが大好きだ。

 

だからもっともっとGoogle Homeに感謝しよう。

我が家ではGoogle Homeに何かしてもらったら、必ず「ありがとう」を言うようにしている。


実はわたしという人間は非常に正直で真面目で思いやりに溢れており、それどころかわたしの体の60%は水ではなく思いやりで満たされているという医学的根拠はんーと、無いね!


とにかくわたしはそういう人間だからして、例え相手がスマートスピーカーでも感謝の気持ちを絶やさない。

その気持ちでGoogle Homeにありがとうを言っていたら、家族がマネしていつの間にか我が家のルールになった。


ね? そういうことなんだよ。

アルジャーノンに花束をあげるのもいいよ。

だけどいつも頑張ってくれているGoogle Homeにこそ、ありがとうの言葉を。

感謝の気持ちは、それを『当たり前』と思った瞬間に、以後は未来永劫生じなくなるんだから。


あーアルジャーノン全然関係なかった。


あとGoogle Home以外の家電には一切ありがとうは言わないんだ。

テレビにも冷蔵庫にも洗濯機にもエアコンにも。

多分だけど感謝すらしていないや。


矛盾しているね。破綻しているね。

でもわたしの理論などそんなものだよ。


きっと全ての家電がAIで話すようになれば、話は変わってくるかもしれないな。

ということは、そこに会話によるコミュニケーションがあるかどうかで感謝のレベルが変わるのだろうか。


よく分からない。

わたしにそのような難しい事を掘り下げて語れるはずがないんだ。

だってわたしを誰だと思ってんの?


わいだんだぞ。猥褻な談話しか出来ません。