俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

今年の誕生日にまつわるエトセトラ(一部ネタバレあり)。

前回の記事ではわたしの誕生日に際して皆様から多くの御祝辞をいただき、この場を借りて心より御礼申し上げます。サンチュ。


わたしは決めた。これからは毎日を誕生日と定める。毎日おめでとうと祝われ、プレゼントをもらい、美味しいものを食べる。毎日がスペシャルだ。竹内まりやさんも歌っていた。毎日がスペシャル毎日がスペシャルEveryday is a special dayと。ラーメンセットに半ラーメンを付けてしまうような邦楽の歌詞、わたしはキライじゃない。


でも毎日が誕生日だと、一日一歳ずつ年を取らなければならない。さすがにこれは由々しい。


占いババをご存知か。ドラゴンボールに登場する未来が見通せるオババだ。浮遊する水晶の上に乗っている。それがウチの総務にもいる。いや水晶には乗っていない。でも事務椅子の上には乗っている。


彼女はロクに仕事をしないことで有名だけど、もう一つ有名なことがある。それが手相だ。的中率がえげつなく高いらしい。

そのババが、カラオケでジュリーのカサブランカ・ダンディを歌っていたわたしの手を取って、勝手に手相を鑑定した事がある。それによると「あらら。あんた70歳まで生きられないね」だそうだ。


この腐れババアが本人の承諾もなしに手相を鑑定し、あまつさえ人様の寿命を日本人の平均より10歳も短く宣告した咎については厳罰をもって処するとして。仮にそれを信用するならば、現在46歳のわたしは長くてあと24日でオダブツだ。年は越せるが年始に死す。わいだん死す。財前も死す。


唐沢寿明さん演じる財前五郎が主人公のドラマ『白い巨塔』。

昔、スカパーで放映していたのを何気なく観たらムチャクチャ面白かった。でも10話くらい観たところで「このドラマ長くね?」と思った。ウィキペディアで調べたら、全21話だった事が分かったついでに、最終話のタイトルが『財前死す』である事も分かった。そしてタイトルの通り最終話で財前五郎は死んだ。


物語中盤。10話近くを残した状態で主人公の死が確定しているドラマを観なければならない辛さは筆舌に尽くし難い。だいたい言っちゃ悪いがセンスが無い。白い巨塔という大作ドラマの最終話に『財前死す』ではヒネリがなさ過ぎる。死ぬという表現なんて他にいくらでもあっただろう。果てる。消える。没する。わたしならこうする。『財前イク』。これこそ大作AV『白い巨根』の最終話にふさわしいタイトルだ。

 

少し話が逸れたけど、そういうワケで毎日を誕生日にするのはやめた。

代わりに今年を最後に誕生日をカウントするのをやめた。わたしは永遠の46歳になった。46歳。46歳。遅きに失したか。26歳くらいでカウントストップしておけば良かった。


やめたといえば今年の年賀状だ。去年わたしは年賀状に『卒状』の二文字を刻んだので、今年からは公約通り年賀状は出さない。実家にも知人にも上司にも。

これでいい。いつまでも前時代的な風習に時間と金を取られる気はない。


恐らく年賀状を作らない年末など40年ぶりくらいだろう。皆さんもやめてみてはどうか。ものすごく晴れ晴れした気分になれる。そしてただでさえ忙しい師走のこの時期に年賀状の作成で四苦八苦している周囲を見ながら、チョコボール(ピーナッツ)をおつまみに少しだけ良いウイスキーを飲もう。今日はとことん付き合うわよ。だけどまだ彼の自慢は後にして。

 

誕生日の朝に患った腰痛はいまだ絶賛継続中。そのような中、誕生日の次の日は飲み会だった。人の話を全く聞かずに壊れたスピーカーのように自分の話ばかりをする厄介な同僚と。しかも二人きりで。行く前からすごくユウウツだったけど、行ってみたらちゃんとユウウツだった。


彼のことは嫌いじゃない。でもサシで一緒に飲むと、ものすごく疲れる。何でわたしがこんな目にと思う。ボッコボコにしたい。お前の耳には人の話を聞く機能はないのか。お前の口は先祖代々自分のことしか話せない呪いでも掛かってんのかと正座させて小二時間問い詰めたい。

でも改正児童虐待防止法の施工前に厚労省がまとめた指針素案によれば、これは体罰に当たるのではないか。だけどコイツは児童じゃないから大丈夫か。判断が難しい。

 

娘たちからの誕生日プレゼントは手紙。

手紙は毎年くれるけど、今年はわたしがリクエストしたテーマで書いてもらった。わたしの悪いところや直して欲しいところを思いつく限り正直に書いた手紙が欲しいと。


何年経っても未だ正解の見えない子育て。子育てに正解などない事は薄々分かってきた。何をどうしたところで、親としては「これで良かったのか?」と自問し悩み後悔する毎日だ。

答えがないと分かっていても、自分なりの答えは探したい。彼女たちにとって今以上に良い親でありたいし、良い関係を構築したい。それがリクエストの趣旨だった。


娘たちからの指摘は3つ。わたしの想定を超えないものではあったけど、なかなか痛いところを突かれた形だ。

手紙の内容によっては涙のリクエストになる恐れもあったけど、まあ大丈夫だった。


でも一つだけ想定外だったのは、長女に『過干渉をやめて欲しい』と書かれてしまったことだ。具体的な事例を聞いても「それ過干渉か?」と首を傾げるところがないわけではないけど、何とか頑張ろうと思う。

 

奥さんからの誕生日プレゼントはない。

わたしたち夫婦は誕生日や結婚記念日などにプレゼントを贈り合うことはしない。奥さんがいつもより少し豪華な夕食を作ってくれるけど、大げさに祝うこともしない。

誕生日を祝わなくても、毎日互いの存在に感謝している。結婚記念日を祝わなくても、結婚当時と変わらず互いに愛し合っている。毎日が満たされているから、あえて記念日を祝う必要性を感じない。それがわたしたち夫婦の一致した意見だ。要するに毎日がスペシャル。竹内まりやさんも歌っている。毎日がスペシャル毎日がスペシャルEveryday is a special dayと。


ラーメンセットに半ラーメン。

いいじゃない。こういうのでいいんだよ。