俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

「人は欲しい時に欲しいものを手にする」

前回の続き。『ゲッターズ飯田のもっと運めくりカレンダー』の話。


31の言葉の内、21個はそれなりに心に響いたけど、残りの9個はそうでもなかった。

例えば20日の言葉。


「多くを得たいなら多くを手放せばいい」


何で。意味分からん。それただ言いたかっただけでしょ。何かイイ感じの言葉を思い付いちゃったもんだから。イヤだ。 得た物はこの両腕いっぱいに抱え込んで絶対に離さないからな。


似たような言葉で「自分を愛せない人は他人も愛せない」とかもあるけど、何が根拠かそれは。誰かを愛している人の全てが自分のことを絶賛肯定中だとでも思っているのか。そんな不自然な現象は幸せの国ブータンにもガンダーラにもない。バリバリ愛せるっつーの自分のことが嫌いでも。なおソースは過去のわたしダヨん。


それとか27日の言葉。


「言い訳をするためのプライドはいらない。欲しいのは言い訳をしないプライド」


だからそれも言ってみたかっただけでしょって。だいたいどうして言い訳しちゃいけないんだ。この謎の風潮はいつから始まった。言い訳って何だ。状況を説明して何が悪い。勝手にそっちが言い訳と捉えているだけかもしれないじゃないか。わたしは言い訳をしないプライドより、人の言い分を言い訳と思わない耳が欲しい。


それと31日の言葉。


「好きは深まり狭くなり、嫌いは広がり変化する。知るは少なく底があり、知らぬは無限でおもしろい」


分からん。いや言わんとする事は分かるけど。でも抽象的すぎてやっぱり分からん。もはや意味のある言葉なのかどうかすら怪しい。この言葉を聞いて「我が意を得たり」と膝を打つ人がこの世界にどれだけいるのか。北島康介さんならきっと「何も言えねえ」と言う。

 

このカレンダーに掲載されている言葉がゲッターズ飯田さんオリジナルなのか、それともすでに世の中にある言葉を集めたものなのか。それは分からない。でも2つの記事にまたがって書いておきながら告白すると、こういった金言格言が書かれた本やアイテム類は好きじゃない。視界に入れるのを意図的に避けてすらいる。


なぜならわたしの場合、いつの間にか金言格言を集めることだけが目的となってしまうから。そしてそれを集めただけで、まるで自分が何かを成し遂げ、ひとつ上のステージに到達したかのような錯覚をしてしまう困った男性だからだ。それは会社の女性社員に笑って挨拶されただけで「あいつオレにほの字だな」なんて思ってソワソワしちゃう実力を持つわたしには造作もない事。


それにこういう言葉の多くは、その人が悩んで壁にぶち当たって苦労して血を吐く思いで絞るようにしてやっと生み出された言葉だと思っている。参考にも行動理念になるし、時に自分を絶望の淵から救ってくれる事もあるかもしれない。でも前述のように、わたしにかかるとせっかくの金言格言もコレクターズアイテム化させてしまって本来の意義が失われる。


誰にでも一度は経験があると思うけど、金言格言を集めては紙に書き出して壁中に貼りまくった事があるでしょ。自分を戒め鼓舞するための金言格言も、ひと月もすれば過去の自分を恥ずかしさで打ちのめすだけのアイテムに成り下がる。そして剥がす。ペリペリ剥がす。うまく剥がれずに壁にベタベタが残ってストレスになる。留めていた画鋲がなくなって恐怖する。ロクな事がない。


その言葉が色褪せるのではなくて、こちらの心境がひと月前とは変化してしまっている。要するに今はもう響かない。こういう言葉はタイミングが全てだ。ものすごく真理を突いた言葉でも、興味がなければ全く響かない。高級なレストランの料理も、気分じゃなければ納豆ご飯に負ける。さっきまであれだけセックスしたかったのに、念の為と独りで増田米詩音してしまった後はもうセックスとかどうでもいい。


人は欲しい時に欲しいものを手にするだけなんだ。


そして先ほど、世界最大のコンドームメーカーであるカレックスが、近い将来に世界的なコンドーム不足に陥る恐れがあるとの記事を見た。

 

ヤヴァイ。数日前にコンドームなくなった。買っておかないと。マスクとうんこ紙と同じように買い占めが起こりそう。

人は欲しい時に欲しいものを手にするからね。でも欲張りすぎないようにしよう。