俺があいつを見返す日。

俺があいつを見返す日。

わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

写真と花を飾ってみた時の話がしたい(写真多め)。

たぶん2年くらい前の話だけど。

 

わたしが読者登録をさせてもらっているブログがある。

mashley (id:mashley_slt)さんが書いている『北欧ミッドセンチュリーの家づくり』というブログだ。

 

www.mashley1203.com

 

 

このブログについて少し説明をさせていただくと、家の事とか椅子の事とか家電の事とか椅子の事とかDIYの事とか椅子の事とか油断すると飯の事とか挙句の果てに椅子の事とかを躊躇なくブッ込んでくるけど、その全てがお世辞ではなく何だかハイセンス過ぎてイロイロと素敵。そんなブログ。

 

あらゆるセンスが突出しており、とてもわたしと同種の生物とは思えないので、きっと何百光年も先にある文明の発達した惑星から半笑いで地球に来た異星からの来訪者か、全く別の世界線からこの世界に来たいわゆる異世界からのレベル99の万能な転生者。いずれにしてもわたしの中では人外の者である事は確定している。それがmashleyさん。



最近はお邪魔していないけど。というかほぼ誰のブログもお邪魔していないけど。

結構前に読ませてもらった記事の中に、壁にフレームを飾るという記事があった。

 

www.mashley1203.com

 

 

すごく分かりやすく書かれており、わたしも以前から壁にフォトフレームを飾ってみたいという野望があったので、この記事を読ませてもらった時は俄然やる気になった。

上手くやる自信があったわけではないけど、すぐに試せないことでもないし、試してだめなら撤去すればいいし、とりあえずやってみることにした。

 

早速ダイソーでフォトフレームを3つ買ってきたけど、さてここに何を入れればいいのか?

家族の写真。いや違う。わたしは家族を愛してはいるけど、自宅の壁に家族の写真を飾る趣味もなければ必要性も感じられない。娘たちが独り立ちをした後ならマラ氏も、一緒に暮らしている今は違う。

 

バカ野郎。違うのは『マラ氏も』だ。『まだしも』のタイプミスだ。

いくらタイプミスとは言え『マラ氏も』はないだろう。一体誰なんだマラ氏って。分からないけどきっととてもエッチな先輩には違いない。

あーダメだ。仮にも他人様のブログを載せている記事の中でこんな事を書いてしまっては。人として尊厳を持って生きていくのであれば、タイプミスにもそれなりの節度を持たねばならぬぞわたし。

 

気を取り直して。

家族の写真じゃないとすれば絵画か。この広いエレクトリックオーシャンをネットサーフィンヌすれば、それっぽい素材が手に入るだろう。

でも何しろセンスのないわたしだ。きっとうすら寒いモノを選んでしまい、中学生の頃に金言格言の本からいかにもなワードを抜粋して壁にペタペタ貼っていたあの頃のような気恥ずかしさで溢れる家で生活をするハメになるのでやめておこう。

 

フォトフレームに何を入れるかは一旦横に置いておくとして、それらをどこに飾るか。リビングか廊下か階段か。どうやって飾るか。横か縦か斜めか。円形か四角形か。あるいは階段状に飾るか。

 

わたしはだんだん分からなくなってきていた。

今考えれば、何も分からなくなることはなかったんだ。だって詳しいことはmashleyさんのその記事に書いてあったんだから。そもそもわたしはその記事を読んだからフォトフレームを飾ろうと思い立ったのだし。

 

ところが何を血迷ったのか、その時のわたしが出した結論はこうだった。

 

『よし分かった。こういうものは下手に規則正しく配置しては味というものがなくなる気がする。ここは好きなものを好きな場所に好きなように飾るとしよう』

 

よし分かったじゃねえ。mashleyさんの教えを何も反映していない。きっかけとなった記事の事をいつの間にか忘れてしまい、この考えに至ってしまった時点で破滅の方向に進んでいる。

その事を、当時のわたしはまだ知る由もない。



その時に買ってきたフォトフレームは3つ。選ばれたのはこちら。

 

わたしの敬愛するヨハン・ゼバスティアン・バッハ先生。

 

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音楽の父

 

音楽の父であらせられるバッハ先生は、我が家のリビングに鎮座する電子ピアノの上にお越しいただいた。

ここで娘たちのピアノの上達を見守っていてもらう事にした。ちなみにバッハ先生がご存命の時代にはピアノは発明されていない。

 

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壁が汚い



わたしが憧れ続ける大人の形。『男はつらいよ』より寅さんこと車寅次郎さん。

 

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フーテン

 

遊び人の寅さんには、わたしがいつもプレイするゲームの横に来てもらった。彼ならわたしがゲームをしている姿を暖かく見守ってくれるだろう。



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隣はモンハン?

 

 

そして最後は、わたしの心の師であり唯一無二の大親友こと、ドラえもん

 

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22世紀なアイツ

 

ドラえもんはトイレに。ドラえもんは自らトイレに行く事はないだろう。あえてわたし達家族の排便の様子を見守っていてもらうことにした。うん。わたしもよく意味が分からない。

 

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違う気がする。mashleyさんが書いていたのと違う気がする。何か違うとかいうレベルじゃなく、きっと明確に全然違う。

お断りしておくけど、わたしのやり方がおかしいのであって、mashleyさんが書いたブロクでは、それはもう見事にフレームを飾られている。わたしだけがおかしいのだという事はハッキリと付け加えておかねばなるまい。

 

言うは易く行うは難しという事か。記事は分かりやすく書いてあったけど、いかんせんわたしのセンスが壊滅的だった。mashleyさんには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。



迷惑ついでにもう一つ。

やっぱり2年くらい前だと思うけど、mashleyさんのこのブログで、もう一つ覚えている記事がある。

 

www.mashley1203.com

 

 

この記事にはmashleyさんがシドニーに住んでいた頃の話が載っている。その中である人が言ったという「自分のために花を飾っている」という一言に衝撃を受けた。

 

わたしは今までに家に花を飾ったことなどない。もし飾るとしたらそれは間違いなく誰か、例えば訪問客のためだろう。自分のために自分の家に花を飾るという発想はなかった。

 

この記事を読んだその週末に、わたしは花屋さんで花を買った。わたしも自分のために自分の家に花を飾りたくなったからだ。

でもわたしの人生において花を買ったのはその時で2回目だった。一度目は10年以上前に奥さんにボロニアという花を買った時。

 

花を買うのが恥ずかしかった。とてつもなく恥ずかしかった。

だから店の店頭に飾ってあった、何だか知らない花が束になった物をさっと手にとって急いで買った。お店の人はりんどうと何かだとか言っていたけど、恥ずかしすぎて覚えていない。

 

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こうして無事に人生で2回目となる花を購入できたけど、何たるイージーミス。我が家には花を飾れる花瓶がなかった。

 

その時に思い出したのが、軽井沢に行った時に作った楽焼の花瓶の存在だった。

 

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不気味だ




花はそこに入れた。

 


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魔除けのために玄関に飾っておいた。

 


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花はすぐ枯れた。以来、花は飾っていない。

飾りたい気持ちはある。でも花屋さんに花を買いに行く敷居が高い。皆さんにはわたしの事がどう見えているのかは知らないけど、わたしはかなりシャイなんだ。



今はコロナウイルスの影響で仕事が激減し、休みも多くなった。

前より時間が出来たし、いい機会なので家のインテリアを少し考えてみようと言う話にもなっている。

 そんな時にふと思い出したのが前に読んだmashleyさんの記事だった。

 

フザケた記事になったけど実際の話だし、mashleyさんのブログを読んで得た事も衝撃を受けた事も紛れもなくすべて本当。

 

だから来ないで。クレーム。