俺があいつを見返す日。

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わたしがある人を見返すための意思表明として立ち上げたブログです。日々のこと、夫婦のこと、子育て、商品レビューなど、なんでも。

『スーパーマリオ64』は初恋のあの人だった。

任天堂のマリオは世界的にも有名なキャラクター。有名なだけじゃなくて人気も兼ね備えているのだろうね。でもわたしはドット絵のマリオはかわいくて好きだけど、リアル路線のマリオはかなり苦手だ。あんなのただのふとっちょヒゲオヤズィじゃないか。人様の見た目をどうこう言ってゴメン。とても愛でるに足る対象にはなり得ないんだよ。


でもゲームとなれば話は別で、マリオのゲームは大好物だ。そこで本題。スーパーマリオ64をクリアした。このほど発売された『スーパーマリオ3Dコレクション』に収録されていたやつ。

 

 

スーパーマリオ 3Dコレクション -Switch

スーパーマリオ 3Dコレクション -Switch

  • 発売日: 2020/09/18
  • メディア: Video Game
 

 

 

スーパーマリオ64は1996年のゲームらしい。20年以上前か。当時のわたしは20代前半。その時にもこのゲームをクリアしている。クリアのみならず、120個のスターを全てをゲットして完全クリアの偉業を成し遂げた。

この事実はわたしの40年に及ぶゲームライフにおいては非常に珍しい。わたしはどのゲームも完全にクリアすることはまずない。取りこぼしたアイテムや謎があっても、クリアした瞬間にそのゲームへの熱が完全に冷める。いわゆる賢者タイムの訪れが異様に早い。射精の10秒後にはもうスマホをイジりだすという超絶無礼な男それがわたしだ。さっきまで奥さんをイジり倒していたというのに。


伝えたかったのは我が家のセックス事情じゃないぞエッチな読者だな。そんなわたしが感クリしてしまうほどにスーパーマリオ64が面白かったということだよ。あと「感クリ」じゃなくて「完クリ」だった。完全クリアの意。感クリだとちょっとここには書けないアレな感じでGoogle Adsense規約違反になってしまう。やってないけどAdSense。このブログで審査が通るはずないだろ。あぁ金を儲けてえ。

 

このスーパーマリオ3Dコレクション。初めは買う気などなかった。なぜなら当時の思い出を汚す事になりはしないかと危惧したからだ。

昔のゲームには得てして思い出補正がかかっている。これはゲームに限ったことではなく映画でも本でも両親の昔話でも同じ。決して結ばれる事のない人との大恋愛をfaraway lookで語るお母さんの現実はキスだけのプチ不倫だし、河川敷で20人を相手に大立ち回りをしたと豪語するお父さんの話も実は下っ端同士のごく小規模な小競り合い。「やるんかえーコラえー」みたいなやつに相違ない。全国のお子様方におかれましては、そんなパパエーンママの話をどうかおおらかな心で話半分以下で聞いてあげてちょうだい。ピアノも売ってちょーだい。


あと『豪語』が英語でなんて言うのかGoogle翻訳で調べたら『Australian』だった。それは豪語。オーストラリア語。いやある意味合っているんだろうけど、わたしが知りたいのは豪語じゃなくて豪語だよ紛らわしいな。正解は『boast』だった。皆さん勉強になりましたね。

 

今回、スーパーマリオ64を24年ぶりにプレイして思ったことは、操作性とカメラワークが控えめに言っても大便。これに尽きる。

Uターンの挙動に難がありすぎる。その場でクルッと機敏に方向転換すればいいのに、わざわざ大回りにグルーッてUターンする。ちょっと運転がアレな人が大仰に膨らんで左折するみたいなソレ。広い場所なら問題ないけど、足場がキャラ一人分しかない場所では当然に足を踏み外す。ワッホーと叫びながら我がマリオが奈落に落ちてゆく。


カメラワークにも難ありだ。キャラ一人分の幅しかない細くて長い橋を慎重に渡り切らないとならないのに、橋に対して真後ろや真横からの視点に出来ない。ソロソロと歩き、ズレた方向を修正しようとすると突如大回りのUターンを繰り出しワッホーと叫んで奈落にダイブだ。ワッホーじゃねえ当たり前だろ3Dのゲームだぞ。奥行きの概念があるんだ。その視点でうまく操作できるはずがない。このゲームの開発者は子どもの頃にスカートを履いたアイドルのパンツを見ようとしてテレビを下から覗き込んだ事はないのか?


苦労しながらも今回もクリアは出来た。でもクリアに最低限必要な70個のスターを集めた時点で心が完全に折れた。全15ステージあるけど、11ステージから先はほぼプレイすらせずに終わった。

 


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ステージ内のギミックがどうとかじゃない。自分のテクニックとは何ら関係のないところでムダに難易度が上がってしまっている。出現した1UPキノコを追いかけて勢い余って崖下にワッホーした時は、危うくコントローラーに長渕キックをお見舞いしそうになった。


とはいえ20年以上前の技術レベルでこの完成度の高さは驚異的。だからこそわたしも当時は感クリ出来たわけだから。さすが『3Dゲームのお手本』と言われただけのことはある。とても偉大なゲームだ。

それでも。それだからこそこのゲームに手を出すべきではなかった。結果的にしっかりと思い出を汚す事になってしまった。


スーパーマリオ64は初恋のあの人だ。会うべきではなかった。20年ぶりに同窓会のハガキが届いても行くべきではなかったのだ。色即是空。時は無情にもすべてを変えてしまう。それは初恋の人もそう。そして自分自身も。

ああそうか。汚れてしまったのは思い出ではなく、わたし自身だったのかもしれない。ワッホー。